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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
最終章 不在の王妃
239/311

239 エステンデルス騎馬槍隊との遭遇

 ハッサンがサルマンのいる大岩まで降下すると、沖風の精霊はプイと飛び去ってしまった。元々気まぐれな精霊である。今回は、ずいぶん長く付き合ってくれたほうだった。


「鳥公、ありがとな」

「フン、死ぬなよ」

「おう。またな!」


 ハッサンは小声で沖風の精霊を見送った。サルマンには精霊が見えないながらも、手を休めて同じ方角に感謝の視線を向けた。単身敵陣に乗り込んでいたハッサンを、無事運び終えた精霊がいるらしいことは分かっていたからだ。



 サルマンはハッサンに顔を向ける。その拍子に平原から押し寄せる馬の小集団が目に入った。


「ああ、エステンデルス騎馬槍隊だそうだ」


 サルマンの眼は鋭く光る。ノルデネリエ魔法船団からは、大岩に向けて水や火の形を取った攻撃が降り注ぐ。サルマンを守るのは、大岩の精霊とルフルーヴ川岸に住む精霊たちだ。


 サルマンが放ちカワナミの仲間が幸運を載せた矢が、邪法の道具を幾つも壊した。開放された精霊たちは、オルデンのかけた守りの魔法を強める為に大岩まで来てくれたのである。


「仲間じゃねぇけどな、味方ではある」

「そうか」


 サルマンはひとつ首を縦に振ると、再び大弓を引き絞る。川岸からは、一番近くの船上にいる邪法の輩が良く見えた。開放されたり捉えられたりしながら、精霊たちは邪法の道具を服の外へと引き出して回る。サルマンは道具を狙う。風や水が運ぶ矢は、遠くまで飛んでゆく。



 邪法の道具には、縛る為の名前が刻まれた輝石が嵌め込まれていた。ヒュンヒュンと音を立てて、サルマンの矢は輝石を砕く。片端から砕いてゆく。幸運の力に後押しされるのもあるが、サルマンの腕前は元々見事なものであった。


(わり)ぃ。ちょっと魔法使いすぎた、休む」


 サルマンは反応しないが、ハッサンは伝わったと判断して大岩に背中を預けた。



 程なくして、エステンデルス騎馬槍隊が川岸に並んだ。魔法が騎馬の一団を襲う。川の水がザブンと音を立てて持ち上がった。分厚い水の壁に阻まれ、魔法は騎馬槍隊に届かない。苛立つノルデネリエ魔法船団は、ますます激しく攻撃を放って来た。


 エステンデルス騎馬槍隊は、突然の出来事に警戒を強めた。中のひとりがサルマンの矢に気づいて様子を見ているようだ。しばらく観察したのち、2騎の槍兵が大岩に向かって馬を進めた。


 ハッサンがダラリと岩に寄りかかる姿を認めると、馬を止めて片手に構える短槍の穂先を下げた。2人の槍兵は馬を降り、手綱を引いて大岩までやって来る。


「よう、槍兵さん。調子はどうだい?」


 サルマンが休みなく矢をつがえる隣で、ハッサンは気楽な様子で槍騎兵へと手を振った。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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