237 初陣
精霊たちがばたばたと倒れ、みるみる内に消えてゆく。ドーム状にノルデネリエ魔法船団を覆っていた守りの霧は、今やすっかり晴れてしまった。オルデンの周りには、疲れ果てた精霊たちが避難している。
「こいつらは引き受けた。気にせず戦え」
オルデンは好戦的な人間ではないが、平和主義者とも違う。なにしろ泥棒だ。身を守るためには綺麗事などかなぐり捨てる。海賊の相手を経験したハッサンは、容赦なく邪法の輩を斬り伏せていた。オルデンはその血煙も、ギィに対抗する為には仕方のない事だ、と割り切っていた。
ケニスは、襲いかかる邪法の攻撃を跳ね返すのに忙しい。飛んでくる魔法の水や熱を、ひたすらに避ける。躱しきれない魔法や操られた精霊たちは、仕方なくヴォーラで弾き返す。弾いた先がどうなっているのか、実のところはよく分からない。
魔法船団の川船は細長く、移動は全て精霊任せだ。その精霊が解放されて、船足は徐々に遅くなる。足りなくなった分の魔法は、手当たり次第文字を刻んだ道具で新しく呼び寄せた。
「奴等、川の輝石を使ってやがるぜ」
ハッサンが気がついた。精霊が好み魔法を帯びた美しく輝く不思議な石を、川底から魔法で掻き集めているのだ。ルフルーヴ川の輝石は、世界一の品質を誇る。川の精霊たちが隠している為、普通の人間に知られる事なく眠っていた。
「あんなに取って」
ハッサンの知らせに、カーラが船を見下ろし作業を凝視した。海で魚を獲るような大きな網を引きずって、色とりどりの輝石をこそげるように奪ってゆく。それは精霊の好意で分けて貰うのとは、根本的に違う行為だ。
「持ってくなあ!」
「やめてくれー!」
「何をする!」
ルフルーヴ川の精霊たちがキーキーワアワア騒ぐ。そうやって誘き出された彼等は、ノルデネリエの邪法によって続々と縛られていた。強奪した輝石に、邪法の遣い手が精霊を縛る名前を刻みこむ。川船を運ぶため、攻撃を仕掛けるため、縛る側から邪法使いは精霊の力を吸い取っていた。
このようにして、ケニスは本物の戦を初めて体験した。理不尽に捉えられ、酷使され、消えてゆく命が、明るい真夏の川辺に広がる。霧は赤く視界を染めて、白刃を閃かすハッサンの髪にも身体にもまだらに模様をつけてゆく。
「ケニー、ためらうな」
風の音に紛れて、ハッサンの怒号が聞こえてくる。
「気ぃ抜くとやられるぞ!」
オルデンも厳しい顔をしている。逃げてくる精霊たちに、絶え間なく力を与えているのだ。気を張っていなければ、空から落ちてしまうだろう。
堤の岩陰からは、サルマンの矢が風を切って川船へと走る。風の精霊が勢いを加えて、ヴォーラやサダから分けて貰った幸運の力でくるむ。
「きりがないわ!」
「とんでもなく遠くからまで精霊が呼び寄せられてる!」
上空から邪法の道具を壊し続けるケニスが、ぎりりと歯を食い縛る。
「ルフルーヴ川の輝石だからな」
オルデンは苦い顔で言った。
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