225 安らぎの焔
ケニスは、話し手のほうへと熱心な眼差しを向ける。水を向けられた話し手は、饒舌に話し出す。最初の怯えは何処へやら。心を開けば打ち解けるのが早い性格なのだろう。
「魔女は砂漠の出身だけど、心臓については解らないわ」
「なあんだ。分かんないのね」
カーラが口を尖らせる。
「分からないのよ。ごめんなさいね」
申し訳なさそうに眉を下げた後、話し手の女性はこう付け加えた。
「さっきの予言と、それから短い歌がひとつだけ」
それを聞いたケニスたちは、3人揃ってガタリと腰を浮かす。サルマンは、大筋を聞いただけの人間だ。特段前のめりになるような様子は見えなかった。
「歌?」
ケニスが真っ先に聞く。
「どんな歌だ?」
オルデンももどかしそうに聞く。カーラのランタンは瞬いて、隠れ里の広間を神秘的に照らしだす。地下にある隠れ里だ。広間に窓はない。
灯りはあるが、仄暗い。小さくて丸っこい素焼きの壺に似た灯り入れである。側面に楕円の形をくり抜いた穴が開いている。壺の底には、同じ素焼きの皿がある。これが油皿であった。灯芯はとぐろを巻いて、皿の縁から僅かに垂れて焔を揺らす。カーラのランタンやシャキアの灯りよりも、ずうっとささやかだ。見た目も素朴な、赤茶色をした素焼きランプであった。
そこへ、華やかな精霊の炎が広がったのだ。薄布をふわりと広げるようにゆらめいて、人々の心をほぐしていった。隠れ里の民は、初めは不信感を露わにしていた。それがいつしか、眉間の皺は伸びて目付きも柔らかになっていた。
ここにいる全員がイーリスの子孫かというと、そうでもない。血は入っていないけれども、何かの理由でギィの犠牲者となった人もいる。精霊がまるで見えない人もいる。だが、どの人もみな、カーラの、元をただせばイーリスの、七色にうつろうランタンの輝きに、我知らず安らぎを覚えたのであった。
30人もゆったり座ることができる大きなテーブルは、くつろいだ雰囲気で歌を待つ。話題が邪法のことではあれ、ともかくも聴いてみようという雰囲気が見られた。
華やかでありながら優しさを秘めた光を浴びていると、明るく伸びやかな心持ちになってくる。その様子を見てとって、ケニスは嬉しそうに微笑んだ。
隣に座る虹色の精霊カーラの手を、暗い宿命を背負った少年が柔らかく握る。言葉にならない幸せが、少年少女を包む。ケニスはカーラの耳元に口を寄せた。
「ねえ、カーラ。カーラの光がみんなの心を優しくしてるみたいだね?」
「ふふ、この焔は、愛を知って人となったイーリスの息吹ですもの」
自慢そうにニヤリと口角を上げるカーラは、はすっぱなアネさんみたいに見えた。ケニスはおかしく思ってククッと笑う。笑いながら、素早くカーラの可愛らしい唇に口付けを落としたのだった。
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