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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
最終章 不在の王妃
216/311

216 地下の広間

 地面にしゃがみ込んだ青い花の精霊は、小声で何事か呟いた。地面の下に話しかけているような雰囲気である。言葉が終わってからしばらく経つと、花の精霊がいるちょうど前のところが音もなく開く。まるで最初から草花など生えていなかったかのように、叢の真ん中にぽっかりと黒い穴があいていた。


「ほら、行くわよ」


 立ち上がって降り仰いだ精霊が、ケニスたちを促した。沖風の鳥は、ハッサンを落とさないようにそっと低く飛ぶ。黒く見えた穴の縁からは下り坂になっていた。緩やかにカーブしているので、先は見えない。だらだらと下る坂道は、平地より少しだけ歩きにくい程度だ。



 下りきるまでは暗く、カーラのランタンがなければ足元すら見えなかっただろう。星型に瞬く虹色の光は、床にも壁にも天井にも踊る。剥き出しの土が、ひんやりとした空気を生んでいた。


 所々に草木の根が突き出していて、苔の生えた部分もある。毛むくじゃらの小人が並んでいるようにも見えた。カーラとケニスは時折顔を見合わせて、クスリと笑い声を漏らしていた。


 一本道をすっかり歩いてしまうと、突き当たりには扉があった。素朴な木の扉である。花の精霊がまた何事か呟き、扉は外側へと開いた。中に人影は無い。



「誰もいないのかしら?」

「扉がまだ先にもあるみたいだ」


 カーラがこっそりと聞くと、ケニスは奥を覗き込んで答えた。最初の扉の先は長い廊下だったのである。廊下に沿って、別の扉が並ぶ。


 そのうちのひとつを開くと、花の精霊は一行を広い部屋に招き入れた。そこは剥き出しの土ではなかった。木の板が張り巡らされた、普通の部屋であった。中央に大きなテーブルがある。テーブルも木製だ。周りに並ぶ丸椅子も木で出来ていた。


「皆んなを呼んでくるわ。適当に座ってて」


 青い花の精霊が、入ったのとは違う扉に引っ込んだ。皆はともかくも座る。ハッサンがそのままなのは気がかりだが、仕方がないので、まだ沖風の精霊が背に乗せたままだ。



 程なく、30人程度の大人や子供が部屋に入って来た。草のウサギもいる。他にも、ルフルーヴの精霊たちが何人か顔を見せた。土の精霊や風の精霊、ルフルーヴ川の精霊もいた。川の精霊は、カワナミと知り合いらしい。


「ようこそ、隠れ里へ。イーリスに縁のある方々よ」


 年長の女性がゆったりとした口調で挨拶をしてくれた。


「こんにちは。俺たちは縁あってこの丘に運ばれて来た」

「青い花から知らされております」


 年長者が穏やかに頷く。オルデンも落ち着いて続ける。


「俺はオルデン、こっちがケニー、カーラ、へばってんのがハッサン、大弓遣いがサルマンだ。サルマンは精霊が見えない」

「それも伺いましたよ」


 年長者の女性は、安心させるようにふわりと微笑んだ。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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