216 地下の広間
地面にしゃがみ込んだ青い花の精霊は、小声で何事か呟いた。地面の下に話しかけているような雰囲気である。言葉が終わってからしばらく経つと、花の精霊がいるちょうど前のところが音もなく開く。まるで最初から草花など生えていなかったかのように、叢の真ん中にぽっかりと黒い穴があいていた。
「ほら、行くわよ」
立ち上がって降り仰いだ精霊が、ケニスたちを促した。沖風の鳥は、ハッサンを落とさないようにそっと低く飛ぶ。黒く見えた穴の縁からは下り坂になっていた。緩やかにカーブしているので、先は見えない。だらだらと下る坂道は、平地より少しだけ歩きにくい程度だ。
下りきるまでは暗く、カーラのランタンがなければ足元すら見えなかっただろう。星型に瞬く虹色の光は、床にも壁にも天井にも踊る。剥き出しの土が、ひんやりとした空気を生んでいた。
所々に草木の根が突き出していて、苔の生えた部分もある。毛むくじゃらの小人が並んでいるようにも見えた。カーラとケニスは時折顔を見合わせて、クスリと笑い声を漏らしていた。
一本道をすっかり歩いてしまうと、突き当たりには扉があった。素朴な木の扉である。花の精霊がまた何事か呟き、扉は外側へと開いた。中に人影は無い。
「誰もいないのかしら?」
「扉がまだ先にもあるみたいだ」
カーラがこっそりと聞くと、ケニスは奥を覗き込んで答えた。最初の扉の先は長い廊下だったのである。廊下に沿って、別の扉が並ぶ。
そのうちのひとつを開くと、花の精霊は一行を広い部屋に招き入れた。そこは剥き出しの土ではなかった。木の板が張り巡らされた、普通の部屋であった。中央に大きなテーブルがある。テーブルも木製だ。周りに並ぶ丸椅子も木で出来ていた。
「皆んなを呼んでくるわ。適当に座ってて」
青い花の精霊が、入ったのとは違う扉に引っ込んだ。皆はともかくも座る。ハッサンがそのままなのは気がかりだが、仕方がないので、まだ沖風の精霊が背に乗せたままだ。
程なく、30人程度の大人や子供が部屋に入って来た。草のウサギもいる。他にも、ルフルーヴの精霊たちが何人か顔を見せた。土の精霊や風の精霊、ルフルーヴ川の精霊もいた。川の精霊は、カワナミと知り合いらしい。
「ようこそ、隠れ里へ。イーリスに縁のある方々よ」
年長の女性がゆったりとした口調で挨拶をしてくれた。
「こんにちは。俺たちは縁あってこの丘に運ばれて来た」
「青い花から知らされております」
年長者が穏やかに頷く。オルデンも落ち着いて続ける。
「俺はオルデン、こっちがケニー、カーラ、へばってんのがハッサン、大弓遣いがサルマンだ。サルマンは精霊が見えない」
「それも伺いましたよ」
年長者の女性は、安心させるようにふわりと微笑んだ。
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続きます




