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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
最終章 不在の王妃
212/311

212 叢の道

 カーラに催促されて、草のウサギは困ったように動きを止めた。白目のない緑色の円な瞳で、しゃがみ込んで草丈より低くなった虹色の少女を見る。しばらくはジーッと見つめ合う。


 睨み合っているわけではないのだが、ケニスとオルデンに緊張が走る。ハッサンは沖風の精霊に寄りかかって、目をつぶっているままだ。サルマンは、カーラの視線の先に目を向けた。そこには何も居ないように見えるが、皆の雰囲気から精霊がいることが分かる。


「ウサギ、俺、イーリスの子孫なんだ」


 ケニスが緊張の糸をほどいた。緑色のウサギは、ハッとしたように視線をケニスへと移す。


「ケニーだよ」


 ケニスもカーラの真似をしてしゃがみ込む。草の間を吹きすぎる風が、人の囁き声のようにも聞こえる。揺れる草の葉は優しくて、ケニスとカーラの頬を撫でてしなう。少しくすぐったい。



 草のウサギは、左右に揺れる草の葉に紛れて見えなくなってしまった。


「あら、行っちゃったわ」


 カーラは不満そうに火花を七色にして飛ばす。


「カーラ、危ないよ。火事になっちゃう」

「いい加減覚えろよな」

「わかったわよ、ケニー、オルデン」

「本当に分かったのかよ?」

「何よ、オルデン。鉄を溶かす炎にだって火傷ひとつ負わないくせに」


 カーラの憎まれ口に、サルマンが目を見張る。


「え?魔法か?」

「そうだ。そういう魔法もあるぜ」

「へえー。魔法は便利だなあ」


 サルマンは、自分が魔法を使えないのを心底残念に思った。


「思えば、魔法と精霊のおかげで野垂れ死なねぇで済んだな」


 オルデンはしみじみと言った。


「みんなデンが好きだからね!」


 ケニスは立ち上がって、自慢気に胸を張る。カーラも身を起こした。



「ウサギ、どっか行っちまったな」


 オルデンが草の陰を覗き込んで、残念そうに言った。


「そうだねぇ」


 ケニスもキョロキョロと草を分けていた。


「何かあるのは確かなんだけど」


 カーラは腑に落ちない様子で辺りを見回した。廃墟の蔦が、自然の風にそよいでいる。天高く燕がくるりくるりと宙返りを披露する。のどかな夏の丘は、先ほどまでの灼熱と悪鬼を忘れさせてくれる。



 がさり、と何処かで草がざわめく。緑色のウサギは見えないが、崩れ残った壁の側で丈の高い花茎が揺れている。紫がかったその青い花は、森でも砂漠でも見たことがないもの。カーラのランタンが瞬いた。虹色の光が、ランタンの星形に開いた窓から波打つ草を渡ってゆく。


「道だわ」

「行ってみよう」

「そうだな、ケニー。鳥、ハッサンを頼む」

「言われなくてもこんな状態のやつ、捨てていけるか」


 サルマンは3人の言葉を聞いて、ハッサンと共に残った。どのみち、精霊の炎であるカーラのランタンが作る道は、サルマンの眼には映らないのだ。沖風の精霊も感じ取れないので、ハッサンが空中に浮かんでいるように見えている。


「様子がわかったら呼びに戻る」


 オルデンが言い置いて、3人の背中が叢を漕いでゆく。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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