212 叢の道
カーラに催促されて、草のウサギは困ったように動きを止めた。白目のない緑色の円な瞳で、しゃがみ込んで草丈より低くなった虹色の少女を見る。しばらくはジーッと見つめ合う。
睨み合っているわけではないのだが、ケニスとオルデンに緊張が走る。ハッサンは沖風の精霊に寄りかかって、目をつぶっているままだ。サルマンは、カーラの視線の先に目を向けた。そこには何も居ないように見えるが、皆の雰囲気から精霊がいることが分かる。
「ウサギ、俺、イーリスの子孫なんだ」
ケニスが緊張の糸をほどいた。緑色のウサギは、ハッとしたように視線をケニスへと移す。
「ケニーだよ」
ケニスもカーラの真似をしてしゃがみ込む。草の間を吹きすぎる風が、人の囁き声のようにも聞こえる。揺れる草の葉は優しくて、ケニスとカーラの頬を撫でてしなう。少しくすぐったい。
草のウサギは、左右に揺れる草の葉に紛れて見えなくなってしまった。
「あら、行っちゃったわ」
カーラは不満そうに火花を七色にして飛ばす。
「カーラ、危ないよ。火事になっちゃう」
「いい加減覚えろよな」
「わかったわよ、ケニー、オルデン」
「本当に分かったのかよ?」
「何よ、オルデン。鉄を溶かす炎にだって火傷ひとつ負わないくせに」
カーラの憎まれ口に、サルマンが目を見張る。
「え?魔法か?」
「そうだ。そういう魔法もあるぜ」
「へえー。魔法は便利だなあ」
サルマンは、自分が魔法を使えないのを心底残念に思った。
「思えば、魔法と精霊のおかげで野垂れ死なねぇで済んだな」
オルデンはしみじみと言った。
「みんなデンが好きだからね!」
ケニスは立ち上がって、自慢気に胸を張る。カーラも身を起こした。
「ウサギ、どっか行っちまったな」
オルデンが草の陰を覗き込んで、残念そうに言った。
「そうだねぇ」
ケニスもキョロキョロと草を分けていた。
「何かあるのは確かなんだけど」
カーラは腑に落ちない様子で辺りを見回した。廃墟の蔦が、自然の風にそよいでいる。天高く燕がくるりくるりと宙返りを披露する。のどかな夏の丘は、先ほどまでの灼熱と悪鬼を忘れさせてくれる。
がさり、と何処かで草がざわめく。緑色のウサギは見えないが、崩れ残った壁の側で丈の高い花茎が揺れている。紫がかったその青い花は、森でも砂漠でも見たことがないもの。カーラのランタンが瞬いた。虹色の光が、ランタンの星形に開いた窓から波打つ草を渡ってゆく。
「道だわ」
「行ってみよう」
「そうだな、ケニー。鳥、ハッサンを頼む」
「言われなくてもこんな状態のやつ、捨てていけるか」
サルマンは3人の言葉を聞いて、ハッサンと共に残った。どのみち、精霊の炎であるカーラのランタンが作る道は、サルマンの眼には映らないのだ。沖風の精霊も感じ取れないので、ハッサンが空中に浮かんでいるように見えている。
「様子がわかったら呼びに戻る」
オルデンが言い置いて、3人の背中が叢を漕いでゆく。
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