211 エステンデルスの精霊
カーラは、始まりの物語をサルマンに話して聞かせた。まるで作りごとのような不思議な物語だ。歌や絵巻になりそうな、悲劇的な建国譚である。
「でも、今では誰も本当の歴史を知らないのよ」
「ギィが隠したのか?」
カーラが口を尖らせると、サルマンは眉をひそめて聞いた。
「それだけじゃないの。自然に消えてしまったのよ」
「ノルデネリエとエステンデルスは、どちらもイーリスの末裔なのに、いつの頃からかいがみ合っててなあ」
オルデンも付け加える。
「エステンデルスからは、魔法も消えちまって」
オルデンはノルデネリエ出身である。精霊の助けで生き延びた宿無しのみなし子だった。
「エステンデルスにも精霊はたくさんいるってのに、おかしな話だぜ」
「でもオルデン、ジャイルズの時代でも、精霊が見える人は少なかったらしいよー?」
「そうだな、カワナミ。そう聞いてる」
それでも魔法はあったのだ。
「エステンデルスは武国だけど、それにしたって魔法が消えちまうなんてなあ」
「へんなの」
オルデンが首を捻ると、ケニスも不思議がる。するとカワナミは水を撒き散らしながら、けたたましく笑った。
「アハハハハ!消えたわけじゃないってー!形が変わっただけだよー!」
「形?」
ケニスが呑み込めない顔をした。
「魔法の形だよ、ケニー!力を強くしたり、武器を強くしたりするのさ!使える人は、ほとんどいないんだけどー!」
「そうなの?」
カーラも知らなかったようだ。特に詳しく知る必要が無いと思っていたのだ。とにかくギィと砂漠の魔女を消し去ることが重要だ。始まりの双子が生まれた小村は、いまや名のある武国となった。ここは始まりの地ではある。そうではあるが、目下の関心はもっぱらギィがいるノルデネリエだった。
「そうだよー」
カワナミが大笑いをしていると、ザワザワと草が鳴り始めた。サルマンは恐ろしそうに辺りを見回す。カワナミの言葉を聞くことができないため、状況が分からない。人間と顕現しているカーラの発言だけ聞こえる。だから、途切れ途切れなのである。
「サルマン、心配しなくていい。敵意は感じられねぇよ」
オルデンが慌てて告げる。サルマンはほっと眉間の縦シワを伸ばした。
「なんだよ、くさむら」
カワナミが笑う。
「気になるのー?」
くさむらの精霊は、人間の言葉を話さない。草の陰からそっと覗かせる姿は、緑色でウサギのように見える。鼻をひくひくと動かして、余所者の来訪に警戒と好奇心を見せていた。
「隠してる物を見せなさいよ」
カーラがしゃがみ込んで、草のウサギに文句を言った。
「カーラ、何かイーリスと関係あるの?」
「そうよ、ケニー。ヴォーラとサダだけじゃなく、ランタンの力までが大きく燃え上がって、ギィの開いた道を捻じ曲げたくらいですもの」
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