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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
最終章 不在の王妃
211/311

211 エステンデルスの精霊

 カーラは、始まりの物語をサルマンに話して聞かせた。まるで作りごとのような不思議な物語だ。歌や絵巻になりそうな、悲劇的な建国譚である。


「でも、今では誰も本当の歴史を知らないのよ」

「ギィが隠したのか?」


 カーラが口を尖らせると、サルマンは眉をひそめて聞いた。


「それだけじゃないの。自然に消えてしまったのよ」

「ノルデネリエとエステンデルスは、どちらもイーリスの末裔なのに、いつの頃からかいがみ合っててなあ」


 オルデンも付け加える。


「エステンデルスからは、魔法も消えちまって」



 オルデンはノルデネリエ出身である。精霊の助けで生き延びた宿無しのみなし子だった。


「エステンデルスにも精霊はたくさんいるってのに、おかしな話だぜ」

「でもオルデン、ジャイルズの時代でも、精霊が見える人は少なかったらしいよー?」

「そうだな、カワナミ。そう聞いてる」


 それでも魔法はあったのだ。


「エステンデルスは武国だけど、それにしたって魔法が消えちまうなんてなあ」

「へんなの」


 オルデンが首を捻ると、ケニスも不思議がる。するとカワナミは水を撒き散らしながら、けたたましく笑った。


「アハハハハ!消えたわけじゃないってー!形が変わっただけだよー!」

「形?」


 ケニスが呑み込めない顔をした。


「魔法の形だよ、ケニー!力を強くしたり、武器を強くしたりするのさ!使える人は、ほとんどいないんだけどー!」

「そうなの?」


 カーラも知らなかったようだ。特に詳しく知る必要が無いと思っていたのだ。とにかくギィと砂漠の魔女を消し去ることが重要だ。始まりの双子が生まれた小村は、いまや名のある武国となった。ここは始まりの地ではある。そうではあるが、目下の関心はもっぱらギィがいるノルデネリエだった。



「そうだよー」


 カワナミが大笑いをしていると、ザワザワと草が鳴り始めた。サルマンは恐ろしそうに辺りを見回す。カワナミの言葉を聞くことができないため、状況が分からない。人間と顕現しているカーラの発言だけ聞こえる。だから、途切れ途切れなのである。


「サルマン、心配しなくていい。敵意は感じられねぇよ」


 オルデンが慌てて告げる。サルマンはほっと眉間の縦シワを伸ばした。


「なんだよ、くさむら」


 カワナミが笑う。


「気になるのー?」


 くさむらの精霊は、人間の言葉を話さない。草の陰からそっと覗かせる姿は、緑色でウサギのように見える。鼻をひくひくと動かして、余所者の来訪に警戒と好奇心を見せていた。


「隠してる物を見せなさいよ」


 カーラがしゃがみ込んで、草のウサギに文句を言った。


「カーラ、何かイーリスと関係あるの?」

「そうよ、ケニー。ヴォーラとサダだけじゃなく、ランタンの力までが大きく燃え上がって、ギィの開いた道を捻じ曲げたくらいですもの」


お読みくださりありがとうございます

続きます

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