210 飛ばされた先は
ケニスはカーラをしっかりと抱き抱え、オルデンは魔法と精霊の守りがないサルマンを助ける。ハッサンは沖風の鳥にしがみつき、皆はただ生き延びることだけを考えた。
放すまいと握りしめたヴォーラもサダも、強烈な光を溢れさせた。一行は眼をギュッと閉じて、口も閉じ、風と砂との轟音に耐えた。
突然、気温が変わった。焼けつく荒野の真昼から、湿り気のある暑さになった。草の香りが混ざった風も爽やかだ。風は突然止んだ。砂も小石もぶつからない。眼を開けると、軽やかに流れる草原の川が見えた。
そこは小高い丘の上だった。僅かに残る倒れた柱や崩れた壁は、蔦が這い上り苔に覆われていた。草丈は大人の腰ほどもあり、かつて穏やかに人々が過ごす城があったとは想像もつかない。
「ルフルーヴ城跡だ」
カワナミが何処からともなく飛び出してきた。
「ここで全てが始まったのね」
カーラが、横倒しになって草の中に埋もれている柱に触れる。この柱を折ったのは、人喰い龍だろうか。それとも時の流れが倒したのだろうか。雨と風とに晒されて、少しずつ蝕まれ、地に伏した後にも削られ続けている。
「ギィが俺たちの魔法や精霊の力を喰らおうとして繋がった道が、幸運の力で捻じ曲がり、ここに運んで来たんだな」
オルデンは、そう言うと、ふうーっと大きく息を吐く。ハッサンはまだ沖風の精霊の背中でグッタリとしている。
「ここは一体どこなんだ?」
腰丈までも生い茂る叢を、サルマンは生まれて初めて目にしたのだ。青々としげる草、緑に混ざる鮮やかな花。青や黄色、赤に白。天を仰ぐ花、項垂れて地を見つめる花。房咲きにネジバナ、地を這い草や瓦礫に絡まり登る蔓花。
姫君の顔を隠す薄衣のような羽は、細長いわらくずのような身体を浮かせる。蝶の翅は、紫色に黒い筋が走る洒落た姿だ。蝶は幻影半島にもいる。だが、サルマンが知っている蝶は、小さくて茶色いのだ。
あと足の強い虫が跳ね、小さな丸い羽虫が飛び立つ。黄色と青の縞々な蜂とよく似た虫が、脚先で器用に花粉団子を丸めている。サルマンは、目の前で繰り広げられる小さな営みを、呆けたように観ていた。
「ここは、昔、ルフルーヴというお城があった所なの」
カーラが寂しそうに説明を始めた。僅かに引き継いだイーリスの記憶と、眠りにつく前にデロンが教えた知識とを合わせて語る。
「遥かな、遥かな、遠い時に、この場所で、本当にあったお話よ?」
カーラの頭布が叢の風に煽られて、するりと解けて音もなく落ちる。龍殺しの英雄ジャイルズと、龍の姿をした虹色の精霊イーリスの恋と宿命の物語は、カーラとケニスの運命でもあるのだ。
「お城のある丘は、麓に広がる畑や村を見下ろして、人々は豊かに暮らしていたのですって」
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続きます




