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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
最終章 不在の王妃
209/311

209 強まる悪鬼

 カーラの炎が瞬間的に燃え上がる。黒いカーテンは粉々に砕けて霰のように降ってきた。ケニスは咄嗟にカーラに飛びついて抱き込む。


「カーラ、掴まってて!」

「ケニー、ランタンが!」


 普通なら声などかき消されてしまう轟音が、ケニスたちを取り巻いている。ケニスは魔法を使ってカーラの耳に言葉を届ける。カーラのランタンは、壊れてしまうのではないかと心配になるほど光る。藍色の筒に開けられた星型の窓から、ランタンは虹色の火の粉を巻き上げる。


「何よこの風。精霊でも魔法でもないし、自然でもないわ」


 ごお、と風切り音をたててハッサンも近くに来た。


「風荒原を渡って来る隊商が、悪鬼を運ぶ人喰い嵐って呼んでる現象だ」

「悪鬼どものしわざなのね」

「そうだ!」


 ハッサンが息切れを始めた。沖風の精霊は気まぐれではあるが、ハッサンを気に入っている。ここで見捨てはしなかった。ハッサンの魔法は尽きた。グッタリと力の抜けた身体を大きな精霊の鳥の背中に預けている。


「鳥、ハッサンを落とすなよ?」


 ケニスは気遣わしそうに声を飛ばす。だがハッサンは、返事どころではない。浅黒い肌から血の気が失せて、最早眼を瞑ってしまっていた。



 オルデンと枯草や砂の精霊たちは、少し離れたところで真っ黒な渦と獣の唸りを浴びていた。ケニスたちの姿が、ぼんやりとしか見えない。砂と黒いモヤに遮られているのだ。


「デーン、流されてるよっ」


 カワナミはお腹をかかえて、空中で笑い転げる。カワナミは、オルデンの力に惹かれて目覚めた精霊だ。どんな時にも笑ってばかりいる。だが、これまでに一度たりともオルデンに危害を加えた試しはない。


「カワナミ!ありがてぇ」


 オルデンの周りには、弾力のある水の壁が出来上がる。オルデンの足が地上で渦巻く砂から逃れた。肩先にしがみついていた枯草の精霊は、小さな体に勇気を持って荒地の枯草を呼び集めた。砂嵐に混ざっていた枯草が、オルデンの身体を鎧のように覆ってゆく。



 ザバンと砂の波が崩れて四方にちる。細かい砂は、一粒ずつが鋭く熱い刃のようだ。カワナミの壁は砕けて流れ、枯草の鎧も吹き飛ばされ削り取られた。砂嵐が吹き荒れる。足元では砂の波が嵐の海に似た動きを見せていた。うねり、持ち上がり、逆巻き砕ける。激しい雨の如く、砂粒は皆を襲った。


 手に、足に、頭に、顔に。魔法で覆っていなかったならば、服も頭を包む布も破れてしまっていたことだろう。肌は裂けて血が吹き出したに違いない。眼も無事ではなかったと想像できる。


「うわあぁぁぁ」


 恐怖が籠る叫びと共に、サルマンか戻ってきた。自分の意思ではなく。


「引きずり込まれるっ!!」


 ギィと共鳴した悪鬼の力で、一行は抗うこともできない。とうとう皆は、砂の荒波に巻き込まれてもみくちゃになってしまった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] うわ、大ピンチですね!  ハッサン大丈夫かなあ。カワナミは笑いながらも頼もしいですね。こういうキャラに限って……いや、不吉なことを考えるのはやめておきます。 [一言] 途中、文が抜けてる?…
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