208 黒いカーテン
ケニスはヴォーラに幸運を渡し、サルマンを覆う黒いモヤに向ける。黒いモヤは唸り声を上げていた。人のような、獣のような、あるいはそれが混ざり合ったような。渇いて命を落とした生き物は、なにも人間だけではないのだ。
白い光が閃いて、薄くモヤだけを剥ぎ取る刃がサルマンの鼻先を掠めた。
「ひっ」
「サルマン、港に帰った方がいい」
再び迫る悪鬼を切り裂きながら、ケニスがサルマンに話しかけた。
「あ、ああ。済まなかった」
「早く。礼なんか後でいい。また捕まらないうちに」
ケニスは魔法の風にサルマンを乗せる。
「そうさせてもらう」
サルマンが答える頃には、もうだいぶ風に運ばれていた。見送る暇もなく、残った4人と精霊たちが悪鬼に立ち向かう。
「どうする?オルデン」
ハッサンは沖風の鳥に乗って踊るように曲刀を操る。悪鬼の砂は地を這うが、突然砂の高波となって上空を襲う。ハッサンは精霊と一体となり、高波すれすれに飛んだ。身体を斜めに傾けると同時に、風で砂を払い幸運の力を悪鬼に当てる。
「サダとヴォーラも使いすぎりゃ2人が危なぇなぁ」
オルデンは風と水を駆使して砂を避け、何となく宥めるような気持ちを込めて素手で悪鬼を払った。
「わっ、オルデン、大丈夫かよ?」
「ハッサン、集中しろ。俺は大丈夫だ」
「そうだ、ハッサン。智慧の子が変なことしても気にするな。たいていは大丈夫だ」
「おい、沖風の!変なことってなんだよ」
オルデンは口の悪い沖風の精霊に不満をぶつける。
「カーラはどう思う?」
ケニスはカーラの意見を求める。カーラはノルデネリエの導き手なのだ。ケニスが幸せになる答えを出すに決まっている。
「デロンが、不浄の存在を清める精霊がいるって言ってたのよ。でも、どこにいるかわかんないわ」
「今の間には合わねぇか」
ケニスが残念そうに肩を落とす。その間にも、黒いモヤとなった悪鬼どもが次々にやってくるのだ。
「ハッサンは戻ったほうが良さそうだな」
「頃合いを見て逃げるさ」
無尽蔵に魔法を使えるオルデンたちと違って、ハッサンの魔法には限りがある。魔法や精霊のサポートで体力が補われることもない。
「無理すんなよ?パリサもヤラも残して逝くんじゃねぇぞ」
「言われなくても」
ハッサンは青い瞳に不適な光を宿して、颯爽と回転する。精霊の鳥に乗って逆さまになり、身を捩り、急降下して悪鬼をズタズタにする。
怒り狂った悪鬼どもは、黒いカーテンのように広がった。
「やべえ、呑まれる」
ハッサンは沖風の精霊に顔を伏せてしがみつく。バチバチと顔や背中を打つ砂の音に混ざって、カーラの声が細く通った。
「今は流れのままに!行き止まりにはならないわ」
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続きます




