207 まとわりつく砂とモヤ
風荒原の悪鬼どもはごうごうという風音と共に砂を巻き上げ始めた。悪鬼が集めた砂は、足首から脛へ、脛から膝、腿、腰へと這い上がる。ぐるぐると巻きつきながら、砂はやがて頭まで覆ってしまう。
オルデンの魔法は効かない。サルマンの矢は全くの無駄撃ちだ。ヴォーラとサダが少しだけ活躍するが、焼石に水である。砂に紛れた黒いモヤはまとわりつき、視界を奪った。
サルマンの首が怯えた表情を貼り付けて黒いモヤに呑みこまれてゆく。声も立てずにモヤの中へと沈む。
「サルマン!気をしっかり持つんだ!」
オルデンが叫ぶ。サルマンはオルデンより明らかに年上で、この地域にも長い。港が主な仕事場とはいえ風荒原でも活動はする。だが、サルマンには精霊が見えず、魔法存在に慣れていないのだ。オルデンは躊躇わずに指図した。
「何か恐ろしい幻でも見せられてんのか?」
「怯えかたが尋常じゃねえ」
オルデンはサルマンに近づこうとするが、高く低く波打つ砂の波に阻まれる。いくら魔法で掻き分けても、寄せては返す悪鬼の波に足を取られて上手く進むことが出来ないのだった。
「デン!魔法を吸われるよ!」
「そうだな、ケニー。悪鬼どもが魔法を喰らってやがんのか?」
「悪鬼が吸った魔法は、ギィに送られてるみたいね」
カーラは精霊なので、魔法の流れを感じ取れるのだ。
「悪鬼どもも、利用されてんだわ」
悪鬼はギィの支配下ではない。それなのにギィの邪気を浴びて繋がっている。繋がった魔法の道から、精霊たちや他の人間が放つ魔法を送っている。
「悪鬼の攻撃とは別口だ」
オルデンが砂に引き倒された。
「デン!」
ケニスが大きくヴォーラを振って、剣風で砂と悪鬼を吹き飛ばす。ヴォーラの白い光が、悪鬼の黒いモヤに吸い込まれて消えた。
「悪鬼にゃ魔法しか効かねぇのに、魔法はギィに喰われちまうのか」
ハッサンが焦る。ケニスはヴォーラで砂と悪鬼を分けながらサルマンの方へと走る。
「とにかくサルマンを助けて港に返さなきゃ」
サルマンには、悪鬼に立ち向かうための手段がないとわかった。このままでは犬死だ。せめて無事に送り返して、悪鬼が魔法を喰らい普通の武器は効かないことを伝えなければ。
カワナミも沖風の精霊も、そして枯草の精霊も、サルマンに声を届けることはできない。だが、オルデンやハッサンに頼まれて、水や風の力で砂を引き剥がす。
砂が無くなれば、呼吸はできる。問題は黒いモヤだ。悪鬼どもはどうやって人間の命を奪うのか。知られていないことだけに、対策は用意出来なかった。
思いつく限りのことを試してみたが、中には逆効果なこともあっただろう。悪鬼の勢いが増したのはそのせいだとも考えられる。だが、誰のどの行動が原因かは分からない。或いは、オルデンたちのしたこととは一切関係がないのかもしれない。
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続きます




