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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
最終章 不在の王妃
203/311

203 砂のうねり

 雑談をしながら、ひとつの方向を見ていた一行の視線の先には何があったのか。


「解るか、ケニー」


 オルデンが静かに聞いた。


「砂が地を這うように向かってくる」

「そうだな」


 遠くで砂が低く不自然に舞っていた。まるで砂浜の波打ち際のようだ。寄せては返し、返してはまた寄せながら、少しずつ皆が立っている所へと近づいて来る。



「悪鬼かな」


 ケニスはサルマンを見る。サルマンはじっと動かないままで答えた。


「多分な」

「生き残った連中の言ってたことと同じだな」


 ハッサンも同意した。


「ありゃあ渇いて死んだ奴等の怨念だな」


 ハッサンを運んでいた沖風の精霊が、長い尾羽をバネのようにくるくる巻きながら断言した。


「ほんとかよ、鳥公」


 ハッサンは半信半疑で沖風の鳥を見る。


「海にも似たようなのがいるだろ」


 鳥の姿をした精霊は、海で死んだ亡者たちのことを言っているのだ。ハッサンがケニスの師匠になる前には、難所で襲って来る海の怨霊と戦ったものだ。思えば、幸運の精霊刀遣いであるハッサンが船を降りて4年、マーレン大洋の難所はどう切り抜けているのだろうか。



「海のはハッサンがだいぶ減らしたとはいえ、増え続けることには変わりない」

「それにしたって多くねえか?」

「荒地の奴らは、退治されることも浄化されることもなく、ただ増えてくだけだからな」


 サルマン以外が一斉に目を剥いた。


「ええっ、増えるだけなの?」


 ケニスの言葉で、サルマンにもおよその状況が伝わった。



「運が良けりゃ怨念が無くなって、消えてくれるけどな。それにしたって元の数が多いし、いなくなるより増える方が速いんだから、どうしようもない」


 沖風の精霊が投げやりに言うと、カワナミはいつも通りにけたたましく笑った。


「これまでと違って悪鬼どもは、ずいぶん広く動き回ってるしなあ」

「今回全部減らしてもダメってこと?」

「仕方がないのさ。ケニー。砂に巻かれて命を落とす者は絶えないんだ」


 ケニスは暗い顔になった。



 そんな話をしているうちにも、地を這う砂の波は迫ってくる。いまや、砂の表面がうねるのも見えた。


「デン、黒いのが混じってるね?」

「そうだな、ケニー」

「そろそろ行く?」

「ああ、待ってたってしょうがねぇ」


 オルデンとケニスの眼が、悪鬼の姿を捉えて光る。悪鬼は、黒いもやのようなものであった。何かの形を取ることもなく、砂をうごめかせて押し寄せる。


「気をつけろよ」


 ハッサンは、オアシスにいた時に水汲みへと送り出したような調子で、明るく言った。その気遣いに感謝して、2人はニッと笑って風に乗る。カーラの瞳は虹色に燃えた。藍色のランタンを高く掲げて、声を張り上げる。


「ケニー、真っ直ぐよ!イーリスの末裔(すえ)の力を見せてやるのよ!」

「落ち着いてな」


 最後にサルマンが、冷静に言葉をかけた。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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