202 受け入れる生き方
用心しないわけではないが、一行は和やかに風荒原を進む。カワナミの案内で、迷わずに悪鬼の出没する場所へと向かっている。それも心のゆとりを生んだ。初々しく寄り添う少年少女がいるので、大人たちの硬い気持ちが解れている。
悪びれないケニスと恥ずかしがるカーラの様子は、明るい未来を信じさせる。いつ襲って来るのか予測がつかない悪鬼への恐怖が、ふたりの醸し出す幸せそうな空気で薄らいだのであった。
ひそひそと睦まじく言葉を交わしていたケニスとカーラが、目を眇めて動きを止めた。サルマンも口を一文字にして背筋を伸ばす。オルデンは落ち着いて気配を探る。ハッサンは気楽な雰囲気で幸運の精霊刀サダを抜き放つ。
「イヒヒッ」
カワナミが幼児の笑い声をあげて、小さな手で口を覆う。透明な水で出来た幼い男の子の手は、ぷっくりと可愛らしい。
「みんな目を細めちゃって可笑しいの!」
カワナミの声は聞こえなくても、サルマンに水飛沫がかかる。サルマンはチラリと一瞬もの問いたげに、目だけオルデンに向ける。
「精霊がいるのか」
「いる。ふざけてばかりの奴じゃぁあるが、ここって時にゃ頼りになるんだぜ」
オルデンはカワナミを持ち上げる。サルマンはやはり険しい顔のまま。別段怒っているわけではない。この辺りの人はあまり顔に気持ちを出さないのである。
「へえ」
「カワナミってのさ。精霊大陸にある国境の森で生まれた水の精霊だ」
「カワナミか」
サルマンは表情を動かさずに短く言って頷いた。
「姿を見ることも話すことも出来ねえが、よろしく頼む」
サルマンの挨拶に、カワナミは大笑いしながら盛大に水の渦巻きを作った。
「アハハハハ!人間て可笑しいねえ。聞こえないし見えないんだから、挨拶したって仕方ないのにねーっ」
「カワナミ、隠れてるわけじゃねぇんだろ?」
「そうだよ、オルデン。この人はどうやったって見えないんだよ」
「そういう人間もいるんだな」
「そうだよー」
サルマンは特に残念そうな雰囲気は見せない。
「砂漠の港じゃ、あるがままに受け入れんのさ」
「なんでも?」
「ああ、ケニー。なんでも、どんなことでもな」
「それでも悪鬼には立ち向かうの?」
ケニスは不思議に思う。
「諦めちまうのとはちょっと違うんだ」
「違うの?」
「悪鬼はいまだかつてない程暴れて、たくさんの人が被害にあったが、そうなっちまったのは、ただそうなってるからなんだ」
「避けられないってこと?」
「まあ、そうだな。その日そうなることは決まってるから、静かに受け入れて行くしかない」
「でも、抵抗はするんだよね?」
「受け入れた上で、選べることや、これからのためになることを重ねてくより他にねえのさ」
サルマンの言葉は、海や砂漠といった厳しい自然のもとで暮らす人の考え方だった。
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