200 いざ風荒原の悪鬼退治
サルマンは優しい声の持ち主ではあるが、その佇まいは静かで、奥底が荒々しくも感じられる。その人の決断は容易く覆らず、悲惨な事態に直面しても揺るがず、ただ人生を通り過ぎてゆく。それは一見柔軟な生き方である。
しかし、それだけでは説明しきれない不気味さを秘めていた。自分が命の危険に晒されるなら、躊躇わず肉身にでも弓を引くだろう。ハッサンによれば、砂漠の民は一族の結束が固く閉鎖的だ。だが、一族を守るための自己犠牲は考えつきもしないのだという。
マーレニカの人々は、門閥繁栄のために自分の利益や自由を喜んで投げ出す。ハッサンが初めてマーレニカへ護衛任務で旅した時、非常に驚いたものだ。
「そうだな。とにかく行ってみねぇと始まらん」
オルデンは真面目な調子で同意する。年嵩ということもあって、このグループではリーダー的な立ち位置になりがちなオルデンだ。オルデンが受け入れると、子供2人は安心できた。カーラがイーリスの子孫を導く力は確実だ。だが、人の中で生きる行動の指針は、人間の大人であるオルデンに頼っている。
サルマンは見た感じ、そのオルデンより人生経験を積んでいる。この土地で長く働いてきた人でもある。この風荒原でその意見は貴重であり、行動や判断は見習うべきだ。そうは言ってもサルマンは、初対面の他人である。オルデンは念の為、土地の者であるハッサンをチラリと見た。
「サルマンは風荒原ルートの護衛か?」
ハッサンが何気なく聞いた。
「いや、アルムヒート港湾監督所の護衛官だ」
「うわぉ、お役人様かよ」
「今は非番だから公務じゃねぇよ」
「あれ?そう言えばサルマンて港を守る人だよな?」
ケニスが疑問を口にする。
「もしかして、風荒原詳しくないの?」
「詳しくはないが、港の揉め事の原因となりゃあ調査に来ることもある」
「そっか。そしたらやっぱり、こん中じゃサルマンが一番風荒原に詳しそうだな」
ハッサンは軽い調子で結論付けた。
「ハッサンは?父ちゃんに色々聞いてないの?」
「姿の見えねぇ悪鬼が出るってことくれぇかなぁ。生き残りの話じゃ、砂嵐の中に黒っぽい塊を俺の父ちゃんが見たってことだが」
「最後の時?」
「ああ。死んじまったから、実際んとこは知らねぇ」
精霊のように、見える人間もいる類いならば魔法は有効である可能性が高い。目眩しだけで実際には矢や刀でもダメージを与えることが出来るのなら、戦略も立てやすい。
「一番困るのは、魔法も効かない場合なんだが、多分大丈夫だ」
「何でだ?」
「精霊刀での攻撃を受けて断末魔の叫びをあげたって聞いてるからな」
悪鬼どもは幸運刀サダの力を受けて、血も凍るような悲鳴を上げたのだと言う。
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