2 火焔の御子
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沢音の聞こえる洞窟で、焚き火に照らし出された捨て子の額を見て、泥棒は忌々しそうに呟く。
「ああ、くそっ、ノルデネリエの王族かよ」
古代精霊文化は、伝説の中に僅かな痕跡を残すのみ。だがひとつだけ、秘められた血筋が今に伝えられていた。魔法大国であるノルデネリエでは、直系王族にだけ額に文字が現れる。
ノルデネリエの始祖は精霊と人間の間に産まれた。その末裔は遠い愛の記憶によって、いまも精霊の祝福をその身に宿して生まれ出るのだった。
祝福を表すこの文字は古代精霊文字と呼ばれるものだ。精霊が人と関わることの無くなった現在、直系王族以外にこの字を読める者は本来いない。見ることすら叶わぬ筈だ。
「最早運命だねぇ」
洞窟の外から子供のような声が聞こえた。
「川波か。わざわざ笑いに来やがったか」
「嫌だなあ、オルデン。遊びに来ただけだよぅ」
外から水が飛んで来た。焚き火が消える。洞窟の中は暗闇となる。
「あっこら、火ぃ消すなよ!」
カワナミと呼ばれた幼い声がけたたましく笑う。すると、消えたはずの火が急にごおっと燃え上がる。
「うわっ、篝火もやめろ」
「へへっ、ノルデネリエの火焔の御子が来たとありゃ、盛大に祝わなくっちゃなあ!」
燃え盛る火からくりくりと可愛らしい赤い眼の精霊が飛び出した。赤ん坊を歓迎しているらしい。
「全く、厄介なもんを拾っちまったぜ」
洞窟の隅には、国境の森を通る旅人たちから夜中に抜き取った盗品が幾つか転がっている。どれも大した値打ちのない我楽多ばかり。洋服、食器などの実用品が多い。現金や装飾品は無いようだ。
「しかし、拾ったはいいが、どうすりゃいいんだ」
森の奥でひとり精霊と生きる泥棒には、赤ん坊の育て方など解らない。
「名前つけてあげたらぁ?」
「そういうこと言ってんじゃねえよ」
「えー?名前くらい付けてやれよ」
「うるっせぇな。じゃあ、火焔の御子だから焔の子でいいだろ」
「うわぁ、賢老なんて名乗ってる癖に適当だなー」
「名乗ってねぇよ!誰かがつけたんだよ」
「でも、聞かれたら名乗るよね」
「仕方ねぇだろ、他に名前なんざねぇし」
オルデンは、いつからオルデンと呼ばれているのか憶えていない。どこから来たのかも解らない。気がついたら独りで旅をしていた。そしていつも精霊に囲まれていた。
「いいんじゃねぇか?」
火の精霊カガリビはオルデンに同意する。
「わぁ、カガリビも適当ー」
水の精霊カワナミはゲラゲラと笑いながら水を跳ね飛ばす。赤ん坊が機嫌よくキャッキャと笑う。オルデンの綺麗に剃り上げた頭が赤々と焚き火に照らされる。
「仕方ねぇな」
オルデンは焦茶色の太い眉を下げて、困ったようにケニスを見た。
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