198 弓は悪鬼に効くのか
一同が立ち止まって待っていると、程なくハッサンが合流した。
「なんだハッサン、もっとゆっくりしてくれば良かったのに」
オルデンが気をつかう。大切なパリサと4年ぶりに再会したのだ。急いでオルデン達を探しに来る必要はないと思った。
「ヤラにはちゃんと会えたのか?」
「いや、蛇のやつが、オルデンたちは風荒原の悪鬼どもを退治するって言うじゃねぇか。駆けつけねぇ訳にゃいかねぇよ」
悪鬼はハッサンにとって父の仇である。蛇の姿をした熱砂の精霊が聞きつけて、慌てて知らせたのだ。
「ヤラには、悪鬼を退治してからでも会えるからな」
ハッサンの青い瞳には、復讐の炎が燃えていた。
「蛇に聞いたかもしれんが、弓遣いのサルマンだ。港で知り合った」
オルデンが2人を引き合わせる。
「よろしく頼む」
サルマンは、ハッサンの眼を覗き込むようにして挨拶をした。ハッサンも同じようにしている。この辺りに住む人々の習慣なのだ。オルデンたちにはしなかったので、マァ王国人同士だけの挨拶なのだろう。
「ハッサンだ。よろしくな」
「魔法使えねぇの、俺だけか」
サルマンの眼には、ハッサンが空を飛んで来たように見えていた。沖風の精霊は当然見えないからである。
「なあハッサン、悪鬼は精霊が見えないもんにも見えんのか?」
「生き延びたやつらは精霊が見えない連中で、」
ハッサンが簡単に状況と対策を説明する。
「悪鬼どもが引き起こす砂嵐と、精霊が見えるもんが言ってた見た目を伝えてたぜ」
「見える連中が全滅か」
オルデンが恐ろしそうに身震いをした。
「全滅つっても、知ってる限りじゃ見えたのは俺の父ちゃんだけなんだけどな。だから、風荒原に棲む荒地の悪鬼は、姿の見えねぇ邪な物って言われてんだぜ」
「1人じゃ流石に厳しいか」
「大群だったそうだ」
その場にいた者たちは、皆一様に唇を引き結ぶ。
「奴等が砂嵐を起こしたからなのか、奴等は精霊の一種だからなのか、見えなかった理由も解ってねぇんだよなぁ」
ハッサンが不安そうに締め括った。悪鬼と遭遇した者は、ほぼ帰らぬ人となる。そのため、風荒原に棲む悪鬼についての情報は、全くないと言っても過言ではないのであった。
「そいつらに、弓は効くのか?」
俄かに心許無くなったようだ。サルマンかハッサンに質問した。
「精霊刀は効いたらしいが」
ハッサンは腰に下げたサダを軽く叩く。背中に向かって跳ね上がっているような、独特の曲線を持つ鞘である。ハッサンの浅黒く分厚い手のひらでかカシャリと鳴らすと、サダは仄かに青く光った。この光も、サルマンには見えないらしい。
「普通の刀が効いたのかは知らねぇんだ。逃げ延びた奴等は、恐怖しか覚えてなくてな」
一同はごくりと生唾を呑み込む。
「砂嵐と、恐ろしい声と、次々にこと切れる仲間たちの姿だけが頭ん中にこびりついてたみてぇなんだよ」
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