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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
第四章 イーリスの子供たち
197/311

197 休憩

 腑に落ちない様子でオルデンはサルマンを見る。


「元手もかかんねぇ水だぜ?」

「オルデン、その感覚はなおしたほうが良い」

「いや、水だぜ?」


 オルデンはキョトンとしている。


「普通の人間には、とても貴重なんだ」

「そういや、時々そんなこと言う奴もいたな」

「どんだけ人から離れて暮らして来たんだよ」


 サルマンが呆れて溜め息をついた。オルデンは不服そうだ。


「ハッサンやシャキアも、便利とは言ってくれたが、そこまでじゃなかったよな?ケニー」

「うん」

「そうよねえ?井戸だってあるし」

「井戸は使い方に取り決めがあんだよ。好き放題使っていいわけじゃあねぇんだ」

「へー」

「時々、井戸の権利で殺し合いが起きるんだぜ」

「ええっ」



 驚くオルデンたちのまわりを水浸しにしながら、カワナミの笑い声が響く。


「人間てバカだねぇ!水はどこにだってあるのにさ!」


 オルデンがサルマンにカワナミの意見を教えるが、サルマンは同意できない。


「いや、普通の人間は、簡単にどこからでも取り出せるって訳じゃねぇんだよ」


 カワナミは益々笑った。


「ダメダメだねぇー!ギャハハハ」

「魔法って、便利なんだな」


 オルデンがしみじみと言った。カワナミの嘲りを知らないサルマンは、オルデンの言葉を自分への答えだと思った。


「ようやく解ったか」



 サルマンが満足したところで、オルデンは市場で仕入れた数種類のナッツを砕く。細いもの、丸いもの、殻ごと買って来たもの、鳥の脚にも見える不気味な色形をしたもの。どれも熱を加えると香ばしい匂いが立ち上るのだ。精霊大陸では見かけないものも、この4年でかなり覚えた。


 砕いたナッツと香草を混ぜ、魔法を使って風ネズミを蒸し焼きにする。ネズミという名前は、前歯が出ているからついたそうだ。オルデンたちが住んでいた森のネズミとは違う生き物である。


 植物の皮しか食べないし、臆病で穏やかな気質だ。蒸し焼きにすれば充分に柔らかく、木の実と香草の香りも手伝って、目に鼻に食欲を誘う。


 短く硬い毛がびっしり生えた毛皮は、よく水を弾く。船乗りに好評で、高く売れるのだという。これはサルマンに渡した。元々サルマンの獲物だからだ。



 食後の休みを取っていると、ケニスが馴染みのある気配を感じた。


「あっ、ハッサン師匠じゃねぇ?」

「そうみたいね」

「ああ、来るな」


 ハッサンの魔法に混ざって、風の気配がする。マーレン大洋の海上を吹く沖風の精霊が、また陸まで遊びに来たようだ。


「鳥の奴、船を運ばないで良いのかぁ?」


 オルデンは交易船の心配をする。夏場は例年、精霊大陸の港湾都市マーレニカから幻影半島のアルムヒートへ向けて風を吹かせるのだ。何も、沖合で気ままに飛び巡るだけではないのだ。それなりに役割がある。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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