197 休憩
腑に落ちない様子でオルデンはサルマンを見る。
「元手もかかんねぇ水だぜ?」
「オルデン、その感覚はなおしたほうが良い」
「いや、水だぜ?」
オルデンはキョトンとしている。
「普通の人間には、とても貴重なんだ」
「そういや、時々そんなこと言う奴もいたな」
「どんだけ人から離れて暮らして来たんだよ」
サルマンが呆れて溜め息をついた。オルデンは不服そうだ。
「ハッサンやシャキアも、便利とは言ってくれたが、そこまでじゃなかったよな?ケニー」
「うん」
「そうよねえ?井戸だってあるし」
「井戸は使い方に取り決めがあんだよ。好き放題使っていいわけじゃあねぇんだ」
「へー」
「時々、井戸の権利で殺し合いが起きるんだぜ」
「ええっ」
驚くオルデンたちのまわりを水浸しにしながら、カワナミの笑い声が響く。
「人間てバカだねぇ!水はどこにだってあるのにさ!」
オルデンがサルマンにカワナミの意見を教えるが、サルマンは同意できない。
「いや、普通の人間は、簡単にどこからでも取り出せるって訳じゃねぇんだよ」
カワナミは益々笑った。
「ダメダメだねぇー!ギャハハハ」
「魔法って、便利なんだな」
オルデンがしみじみと言った。カワナミの嘲りを知らないサルマンは、オルデンの言葉を自分への答えだと思った。
「ようやく解ったか」
サルマンが満足したところで、オルデンは市場で仕入れた数種類のナッツを砕く。細いもの、丸いもの、殻ごと買って来たもの、鳥の脚にも見える不気味な色形をしたもの。どれも熱を加えると香ばしい匂いが立ち上るのだ。精霊大陸では見かけないものも、この4年でかなり覚えた。
砕いたナッツと香草を混ぜ、魔法を使って風ネズミを蒸し焼きにする。ネズミという名前は、前歯が出ているからついたそうだ。オルデンたちが住んでいた森のネズミとは違う生き物である。
植物の皮しか食べないし、臆病で穏やかな気質だ。蒸し焼きにすれば充分に柔らかく、木の実と香草の香りも手伝って、目に鼻に食欲を誘う。
短く硬い毛がびっしり生えた毛皮は、よく水を弾く。船乗りに好評で、高く売れるのだという。これはサルマンに渡した。元々サルマンの獲物だからだ。
食後の休みを取っていると、ケニスが馴染みのある気配を感じた。
「あっ、ハッサン師匠じゃねぇ?」
「そうみたいね」
「ああ、来るな」
ハッサンの魔法に混ざって、風の気配がする。マーレン大洋の海上を吹く沖風の精霊が、また陸まで遊びに来たようだ。
「鳥の奴、船を運ばないで良いのかぁ?」
オルデンは交易船の心配をする。夏場は例年、精霊大陸の港湾都市マーレニカから幻影半島のアルムヒートへ向けて風を吹かせるのだ。何も、沖合で気ままに飛び巡るだけではないのだ。それなりに役割がある。
お読みくださりありがとうございます
続きます




