195 港を離れる
オルデンは、じろじろとサルマンを見る。自称港の護衛官だが、名前も含めて証明できるものは何もない。或いは、ハッサンが来れば分かるかも知れない。どのみちオルデンは異国の泥棒なので、後ろ暗い人物だろうが自分たちへの害意がなければ気にしないのではあるが。
「死んでも責任持てねぇぞ?」
「構わねぇよ」
「せいぜい足引っ張んなよ?」
「お手柔らかに頼むぜ」
そんな話をしているうちに、カワナミが偵察から戻ってきた。
「悪鬼ども、いたよー」
カワナミは水を跳ね散らかしながら告げた。
「んっ?」
サルマンに気がつくと、ぐるぐると顔の周りを飛び回る。水をかけてみたりもする。
「わっ?」
サルマンは突然濡れた頬に手をやる。身体を捻ってキョロキョロと見回すが、どこから来た水なのか解らずにいた。
「あはは!このひと、見えてなーい!」
「ああ、こら。やめろ、カワナミ」
オルデンはうんざりした顔で嗜めた。
「悪ぃな、サルマン。カワナミっていう精霊なんだが、どうにも悪戯者でしょうがねぇ」
「精霊!」
サルマンの目が大きく見開かれた。精霊という存在は知っているらしい。
「すげえ、精霊が見えるやつ、初めて見た」
「てこたあ、ハッサンの知り合いじゃねぇのか」
「ハッサンて、どの?」
ハッサンという名前は、アルムヒート港町では平凡なようだ。
「船の護衛やってる、曲刀遣いだ」
「うーん、曲刀遣いで船乗りのハッサンも何人かいるぞ」
「タリクって親爺の弟子だ」
「タリクか。腕効きの用心棒だが、弟子はラヒムじゃなかったか?」
「ラヒムの兄弟子だよ」
「へえ?独り立ちしたんかね?タリクなら聞いたことあるけど、弟子はひとりって話だぜ」
どうやら、ハッサンはここ4年の間にいないものとされているようだ。
「風の精霊と仲がよくてな、幸運を喰らう精霊刀を振るう優男だよ」
「へー?聞かねぇなぁ」
サルマンは胡散臭そうに子連れの中年男をじろじろと睨め回す。カーラが苛立ち火の粉を飛ばした。
「あっち!なんだぁ?」
サルマンはギョッとして火の粉を受けた腕をさする。巻きつけた白い粗布に茶色く焦げ目がついてしまった。
「カーラ、何やってんの」
「だって、ケニー」
「火事になるから、それ、ほんとにやめろ」
「わかったわよ、オルデン」
「分かってないでしょ」
「ひどいのね、ケニー」
カーラが口を尖らせる。ゆらりと虹色の瞳の底に不満の炎を覗かせる。
「魔法使いなのか?嬢ちゃん」
「カーラよ!名前、教えたでしょう?」
「悪ぃ、カーラだったな」
「ふん」
不機嫌なカーラの手をしっかりと握って、ケニスはご機嫌をとる。オルデンは苦々しく鼻に皺を寄せて、荒原へと向かった。
「カワナミ、案内してくれ」
「うん、いいよー」
カワナミはまたゲラゲラと笑いながらも、先に立って港の喧騒を離れて行った。
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