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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
第四章 イーリスの子供たち
194/311

194 港町に住む射手

 オルデンたち3人は、顔布を外して歩いていた。太陽はゆるゆると海原の空を登り、ベタつく潮風が頬をくすぐる。頭には布を巻きつけているので、髪が乱れることはない。


 港の喧騒は、何も悪鬼が襲ってくる話だけから成るわけではなかった。荷物を運ぶ人足たちや、船の点検をする船大工たちが威勢の良い声を上げていた。


 幾つもの商隊が風荒原で全滅したばかりとは思えないほど、港の人々は、いきいきと言葉を交わし汗を飛ばしていた。



「よ、あんたら、話が聞こえちまったんだが」


 荒野の人らしく彫の深い男が話しかけてきた。用心深そうな半眼に似合わず、人の良さそうな声音であった。歳の頃はオルデンよりやや上だろうか。額から上にきりりと巻きつけた頭の布は、白髪の混ざる直線的な眉毛を見せていた。


 男は、幻影半島に多い浅黒い皮膚で、細く高い鼻と薄い色の唇を持っていた。もみあげから分かる縮れた黒髪と黒い瞳も、この辺りでは平凡な容貌である。


 ゆったりとした広野の衣服からでも分かるほどに、肩は隆起し背中は分厚かった。腕は丸太のようで上背があり、背中に背負った弓の大きさにも頷ける。



「俺も一枚噛ませちゃくれまいか?」


 オルデンたちは足を止めて弓を背負った男を眺める。


「俺の名は守り手(サルマン)、港の護衛官だ」

「護衛官?港を離れちゃまずいんじゃ」


 オルデンは戸惑った。


「夜勤開けで今は非番だ」

「ふうん」


 この国では休暇などという気の利いたものは存在しない。だが、港の護衛官は三交代制で、稀に丸一日非番となる。おそらくは、勤務の采配をする担当の人が現実主義者なのだ。うまくやりくりして、過労で倒れないようにしてくれている。その方が欠員も出なくて済むし、就労意欲も保てるというものだ。


 オルデンには、そうした事情は全く理解できないが、とりあえず問題はないと捉えた。


「俺はオルデン」

「ケニーだ」

「カーラよ」


 簡単に名前を交換し、荒原の悪鬼について話し合う。


「で、悪鬼が出る場所は近いのか?」

「そうでもないが、遠くもない」

「討伐隊は無いのか」

「今んとこはな」


 弓遣いのサルマンは、眉間に皺を寄せて言い直す。


「いや、当分ないな」



 オルデンは訝しんだ。


「ずいぶんと被害が大きいみたぇだが」

「王宮まで知らせが届いて、会議が開かれて、命令が下されて、現場でも会議があって、上に報告して、許可されて、やっと実働部隊が動くからな」

「そいつぁまた悠長だな」

「だから、非番にたまたま出くわした時にでも挑むよりほかねぇのさ」

「たまたまか」

「たまたまだ」


お読みくださりありがとうございます

続きます

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