194 港町に住む射手
オルデンたち3人は、顔布を外して歩いていた。太陽はゆるゆると海原の空を登り、ベタつく潮風が頬をくすぐる。頭には布を巻きつけているので、髪が乱れることはない。
港の喧騒は、何も悪鬼が襲ってくる話だけから成るわけではなかった。荷物を運ぶ人足たちや、船の点検をする船大工たちが威勢の良い声を上げていた。
幾つもの商隊が風荒原で全滅したばかりとは思えないほど、港の人々は、いきいきと言葉を交わし汗を飛ばしていた。
「よ、あんたら、話が聞こえちまったんだが」
荒野の人らしく彫の深い男が話しかけてきた。用心深そうな半眼に似合わず、人の良さそうな声音であった。歳の頃はオルデンよりやや上だろうか。額から上にきりりと巻きつけた頭の布は、白髪の混ざる直線的な眉毛を見せていた。
男は、幻影半島に多い浅黒い皮膚で、細く高い鼻と薄い色の唇を持っていた。もみあげから分かる縮れた黒髪と黒い瞳も、この辺りでは平凡な容貌である。
ゆったりとした広野の衣服からでも分かるほどに、肩は隆起し背中は分厚かった。腕は丸太のようで上背があり、背中に背負った弓の大きさにも頷ける。
「俺も一枚噛ませちゃくれまいか?」
オルデンたちは足を止めて弓を背負った男を眺める。
「俺の名は守り手、港の護衛官だ」
「護衛官?港を離れちゃまずいんじゃ」
オルデンは戸惑った。
「夜勤開けで今は非番だ」
「ふうん」
この国では休暇などという気の利いたものは存在しない。だが、港の護衛官は三交代制で、稀に丸一日非番となる。おそらくは、勤務の采配をする担当の人が現実主義者なのだ。うまくやりくりして、過労で倒れないようにしてくれている。その方が欠員も出なくて済むし、就労意欲も保てるというものだ。
オルデンには、そうした事情は全く理解できないが、とりあえず問題はないと捉えた。
「俺はオルデン」
「ケニーだ」
「カーラよ」
簡単に名前を交換し、荒原の悪鬼について話し合う。
「で、悪鬼が出る場所は近いのか?」
「そうでもないが、遠くもない」
「討伐隊は無いのか」
「今んとこはな」
弓遣いのサルマンは、眉間に皺を寄せて言い直す。
「いや、当分ないな」
オルデンは訝しんだ。
「ずいぶんと被害が大きいみたぇだが」
「王宮まで知らせが届いて、会議が開かれて、命令が下されて、現場でも会議があって、上に報告して、許可されて、やっと実働部隊が動くからな」
「そいつぁまた悠長だな」
「だから、非番にたまたま出くわした時にでも挑むよりほかねぇのさ」
「たまたまか」
「たまたまだ」
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続きます




