193 仇討ちの功罪
悪鬼は、アルムヒート港の東側にある広い荒地で、法則性なく突然現れて生き物を襲う。集団でやってきて、サダの力さえ敵わなかった。
「ハッサンの父ちゃんの仇?」
ケニスが聞き耳を立てる。
「そうみてぇだな」
カーラが手に持つ灯りが、虹色の火の粉を飛ばしてパチリといった。ケニスとオルデンがランタンを見る。蓋がドームのようになっている藍色に塗られた円筒の中で、虹色の炎が揺れている。
「挑んでみるか」
オルデンが声を潜めて2人に聞いた。ケニスとカーラは揃って首を縦に振る。
「ハッサンに声かけるの?」
カーラが聞く。オルデンは思案顔を見せる。
「そうだなあ。仇だからな、俺たちだけで出かけちまったら、怒るだろうぜ」
「うん。そうだね」
ケニスも同意した。自分も、生涯会えないままに殺されてしまった双子の弟がいる。その仇もまた身内なので、より複雑ではある。だが、突然直接関係が無い誰かに、仇敵を屠られてしまったら?ギィがいつのまにか消滅していたら、どうだろう。ルイズを担ぎ上げる精霊派を一掃されたら?
「自分抜きで、いつの間にか仇討ちが済んでたら、きっと空っぽになっちゃう」
「そうよね、ケニー」
「悪鬼だの邪法使いだのは、いないに越したこたぁねぇけどよ」
オルデンは歯切れが悪い。
「今すぐ出かけようが、ハッサンが来てからにしようが、たいして変わんねぇとは思うんだが」
「倒せるなら、早いほうが良いのも分かるわよ」
「遅くなりゃあ、そんだけ犠牲になる奴も増えるよなぁ」
オルデンはまだ決めかねている。珍しく思考がぐるぐる回って定まらない。
「そうか。仇討ちにこだわりすぎたら、被害が広がるんだな」
ケニスも気持ちを優先する身勝手さに思い至って、口を曲げて考えていた。カーラはランタンを振っている。道は見えたのだろう。しかし、黙っていた。
(今は考える時みたいね)
不満そうにオルデンとケニスをチラチラと見ながら、ケニスの手をキュッと握る。
答えが出ないまま、オルデンは町の東側へと足を向ける。悪鬼の出る風荒原が広がる方面だ。下見だけはしておくつもりなのだろう。ハッサンはまだ来ない。
荒原という名前だが、風荒原もほとんど砂漠だ。海岸から続く岩場に、町の向こうから飛んでくる砂が溜まっている。根の浅い草木が、灰色の幹と乾いた葉を低く這わせ頑なさを見せていた。
「そんで悪鬼は、どの辺にいんだ?」
オルデンは枯草の精霊に話しかけた。定位置になっているオルデンの肩で、枯草の精霊は手足をヒラヒラさせている。
「分かんないや」
「カワナミは?知ってるか?」
オルデンが声をかければ、カワナミは喜んで飛び出して来る。
「んー?探して来ようか?」
「無理はすんなよ?」
「しないよー!オルデンは心配しすぎだよねー!」
カワナミにとっては何でも遊びだ。けたたましく笑いながら、荒原の奥へと飛び出して行った。
お読みくださりありがとうございます
続きます




