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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
第四章 イーリスの子供たち
193/311

193 仇討ちの功罪

 悪鬼は、アルムヒート港の東側にある広い荒地で、法則性なく突然現れて生き物を襲う。集団でやってきて、サダの力さえ敵わなかった。



「ハッサンの父ちゃんの仇?」


 ケニスが聞き耳を立てる。


「そうみてぇだな」


 カーラが手に持つ灯りが、虹色の火の粉を飛ばしてパチリといった。ケニスとオルデンがランタンを見る。蓋がドームのようになっている藍色に塗られた円筒の中で、虹色の炎が揺れている。


「挑んでみるか」


 オルデンが声を潜めて2人に聞いた。ケニスとカーラは揃って首を縦に振る。



「ハッサンに声かけるの?」


 カーラが聞く。オルデンは思案顔を見せる。


「そうだなあ。仇だからな、俺たちだけで出かけちまったら、怒るだろうぜ」

「うん。そうだね」


 ケニスも同意した。自分も、生涯会えないままに殺されてしまった双子の弟がいる。その仇もまた身内なので、より複雑ではある。だが、突然直接関係が無い誰かに、仇敵を屠られてしまったら?ギィがいつのまにか消滅していたら、どうだろう。ルイズを担ぎ上げる精霊派を一掃されたら?


「自分抜きで、いつの間にか仇討ちが済んでたら、きっと空っぽになっちゃう」

「そうよね、ケニー」

「悪鬼だの邪法使いだのは、いないに越したこたぁねぇけどよ」


 オルデンは歯切れが悪い。



「今すぐ出かけようが、ハッサンが来てからにしようが、たいして変わんねぇとは思うんだが」

「倒せるなら、早いほうが良いのも分かるわよ」

「遅くなりゃあ、そんだけ犠牲になる奴も増えるよなぁ」


 オルデンはまだ決めかねている。珍しく思考がぐるぐる回って定まらない。


「そうか。仇討ちにこだわりすぎたら、被害が広がるんだな」


 ケニスも気持ちを優先する身勝手さに思い至って、口を曲げて考えていた。カーラはランタンを振っている。道は見えたのだろう。しかし、黙っていた。


(今は考える時みたいね)


 不満そうにオルデンとケニスをチラチラと見ながら、ケニスの手をキュッと握る。



 答えが出ないまま、オルデンは町の東側へと足を向ける。悪鬼の出る風荒原が広がる方面だ。下見だけはしておくつもりなのだろう。ハッサンはまだ来ない。


 荒原という名前だが、風荒原もほとんど砂漠だ。海岸から続く岩場に、町の向こうから飛んでくる砂が溜まっている。根の浅い草木が、灰色の幹と乾いた葉を低く這わせ頑なさを見せていた。


「そんで悪鬼は、どの辺にいんだ?」


 オルデンは枯草の精霊に話しかけた。定位置になっているオルデンの肩で、枯草の精霊は手足をヒラヒラさせている。


「分かんないや」

「カワナミは?知ってるか?」


 オルデンが声をかければ、カワナミは喜んで飛び出して来る。


「んー?探して来ようか?」

「無理はすんなよ?」

「しないよー!オルデンは心配しすぎだよねー!」


 カワナミにとっては何でも遊びだ。けたたましく笑いながら、荒原の奥へと飛び出して行った。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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