192 風荒原の悪鬼
魔法の風に守られて、一行は1週間ほどで港町アルムヒートまで戻って来た。どうせギィには居場所を知られてしまったのだ。もう隠れたり誤魔化したりする必要がない。使えるだけの魔法と、得られる限りの精霊の助けで、快適で迅速な移動ができた。
余計な足止めを避けるため、ルートは集落や水場を避けた。この4年の間にオルデンが編み出した物を増やす魔法で、4人はお腹いっぱい食べることができた。健康そのものの姿で、港町へと足を踏み入れたケニス達であった。
幻影半島の習俗に従い布で全身を覆っているので、髪は隠れている。眉まで覆って伏目がちにすれば、人間にはない色目も隠せる。余計なトラブルは避けたいので、ケニスとカーラは念入りに布を巻きつけていた。
港には、台形の帆を掲げたアルムヒートの交易船が次々に到着しているようだ。あの船のどこかに、4年前に別れたハッサンの師匠タリクと、同門のラヒムが乗って来たかも知れない。
「お墓に寄る?」
ケニスが、アルムヒートを出た日のことを思い出してハッサンに聞いた。
「いや、後にするよ」
町外れの墓場を通り過ぎ、裏通りへと抜ける。家にも向かわず、ハッサンは真っ直ぐにパリサの元へと帰る。知らせは既に送っていた。距離が近ければ疲れ果てることもないので、声の便りを届けていた。
4年前より煤けたドアを叩けば、昼前の仕込みをしていたパリサが顔を出す。
「誰だい、この忙しい時に」
不機嫌そうな声がはたと途切れて、一瞬無になる。ゆっくりと赤銅色の瞼が下りて、また静かに上がってゆく。目の前にはハッサンを先頭に、オルデン、ケニス、そしてカーラが立っていた。精霊もいるが、パリサには見えない。
パリサの瞳に涙が滲む。じわりと染み出したかと思う間もなく、溢れてこぼれ落ちた。そのまま無言でハッサンに飛びついた。
「港でも観てくる」
オルデンはハッサンの背中に声をかけた。幼い時に人間の町から離れたオルデンだが、ハッサンやシャキアとの関わりの中で人情の機微を少しは覚えた。
「ああ、後でな」
ハッサンは感謝を声に乗せて、店の中に入って行った。
港をぶらぶら散策していると、何やら騒いでる団体を見かけた。倉庫の管理官と商団の仕入れ担当らしき人々である。
「どうすんだよ?どっか手が余ってる商団ねぇのか」
「あっち方面はもう残ってないらしい」
「全滅か?」
「全滅だよ」
「しばらくあっち側はダメだなあ」
「悪鬼の活性化が収まるまでは無理よな」
「商品は流行遅れになっちまうなあ」
「砂漠ルートじゃ人気ない品物も多いしな」
どうやら、ハッサンの父の命を奪った風荒原の悪鬼が、かつてない程に活動をしているらしい。
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