191 絵姿
オアシスのバザールには活気があった。港町アルムヒートにも似て、異国の品を運ぶ隊商も立ち寄る豊かな町だ。宗教上の理由から、町の住人は質素である。華やかな衣装で店に立ち寄る客は旅人たちだとすぐに分かった。バンサイは夢中で筆を動かしている。
「外に出られたみたいね」
パリサはにこりとしてオルデンに囁く。
「本人、そんなこと気にしてねぇけどな」
バンサイは、デロンと関係がない場所に移動できるかどうかは、もうどうでも良さそうだ。見慣れない果物や金属の飾り、真っ白な布や赤や緑が目を楽しませる毛織りの敷物を見て回るので忙しい。
「鍵は壊れてんだろ?急にまた、どっかの扉が開くかもな」
「そりゃあるかもな」
ハッサンに答えたオルデンは、表情を和らげた。
「あれで肝が据わってっから、どうにかなんだろ」
「だな」
ハッサンも頷くと、ニッと笑った。
「シャキアは、祭りの時にも飾りもんはつけねぇよな?」
バザールの人混みを泳ぎながら、見るともなく店先を見るシャキアに、オルデンは尋ねた。この町でも、祭りがあれば華やかに着飾り、ご馳走を食べるのだという。
「なあに?今更?」
「や、わざわざ聞く機会もなかったしよ」
シャキアは朗らかに笑った。ハッサンは穀物の袋やスパイスを盛り上げたカゴを覗いている。カーラとケニスも、手を繋いで楽しそうにキョロキョロしていた。
「自分を飾るよりカンテラを飾るほうが楽しい」
「へーえ」
オルデンとシャキアは柔らかい視線を交わした。
バザールの外れまで来た。昼時にはまだ早い。砂漠を渡るにはもう遅い。常識的な旅人なら。
「それじゃ、またな」
オルデンは気楽な調子でシャキアとバンサイに告げる。魔法を使えるとなれば、オルデンやケニスが環境に左右されることはない。バンサイが懐に手を入れる。無造作に差し出された紙束を、オルデンはパラパラとめくる。
10歳から14歳まで、ケニスとカーラが成長してゆく。丸かった顔は細くなり、背が伸びて筋肉がつき大人びた目つきになる。オルデンとシャキアの表情からは、ふたりの距離が緩やかに近づくのが見て取れた。
ハッサンの寂しそうな表情、躍動的な精霊剣の稽古風景もある。オルデンと子供達の楽しそうな姿は、精霊が見えないバンサイが描いたとは思えないほど魔法を感じさせる。
「ありがとう」
オルデンはバンサイに礼を言って、ハッサンの絵を本人に手渡した。それから、逆さまの宮殿で寄り添うオルデンとシャキアの絵を抜き出した。
無言で受け取ったシャキアの唇が、微かに震えている。黒い魅惑的な眉を気丈に吊り上げ、砂漠の職人が俯いた。炎を操り鉄をも溶かす炉の主となった、熟練のカンテラ職人である。笑顔の底に情熱を燃やす女の脚は、足元まで覆う布の中で、崩れ落ちないように力を込められていた。
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