190 流れるままに
オルデンは眉を寄せて唸る。
「ギィ倒して終わりじゃねぇしな?」
ハッサンが畳みかける。
「ケニーは王子だろ?弟の仇を討ったら王様になんだろ」
「そうだろうな」
「オルデンはついててやるんだろ?」
「いや、」
オルデンが苦々しく言葉を受ける。
「俺ゃあ、泥棒だからな」
ハッサンは目を見開いた。
「今は違うだろ?」
「今はな。シャキアの手伝いして魔法もちょいと使って、食わして貰ってるからな」
一同の食事は、魔法で砂漠から手に入れる。着るものも魔法でなんとかなる。だが、シャキアの好意にも甘えていた。ハッサンと港町で暮らした数日間と違って、この四年は働いていなかった。
「いつまでもそうやって世話になれるもんじゃねえ」
ケニスは修行に集中していたし、オルデンは精霊の少ないオアシスで、デロンの技をなんとか解き明かそうと苦心していた。働きに出る余裕は無かったのである。
「ギィがいなくなりゃ、命も狙われねぇよな?」
「まあな」
「そしたら、魔法で食えるんじゃねぇの?」
オルデンはかぶりを振った。ハッサンは顔をしかめる。
「オルデンの腕前なら、王様のお側仕えにだって成れんだろうに」
「柄じゃねぇよ」
「また森で泥棒すんのか」
オルデンは苦笑いだ。
「森にゃ戻るな」
「ケニーとも別れんのかよ」
「ケニーは王子様だぜ?」
「そりゃなあ。けど、オルデンはどうすんだよ?」
オルデンはへっと短く笑う。
「命を狙われなきゃ派手に魔法使ってもいいから、食うもんにも着るもんにも困んねぇ」
精霊が集まり魔法を自在に使うところを見られ、ノルデネリエ先代王の双子だと誤解されたのだ。そして命を狙われた。だから、その件が片付けば、オルデンは自由に生きられる。
「後悔すんぜ」
「そんときゃ、また考える」
「4年逢えねぇだけでも、連れてくりゃよかったって悔やむんだぜ?」
「パリサだって、食堂離れらねぇだろ」
ハッサンは溜め息を吐く。
「まあな」
風がふたりの日に焼けた頬を撫でて吹きすぎる。
「俺はパリサんとこに戻るけどな」
「結局、なるようにしかなんねぇよ」
オルデンは砂漠の夏空を仰ぐ。精霊大陸の国境にある森の上に広がる空より、ずっと深く眼が痛いような青だ。
「人違いで命を狙われんのも、そいつらの王子様を育てんのも、見つかってまた追いかけられんのも、そんときそうなったからだしな」
オルデンの眼は澄んでいた。その眼を横切り流れる雲の白さもまた、慣れ親しんだ森の雲よりも眩しい。
「オルデンがいいなら、仕方ねぇな」
ハッサンもフッと笑う。ふたりはしばらく、黙って空を眺めていた。
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