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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
第四章 イーリスの子供たち
190/311

190 流れるままに

 オルデンは眉を寄せて唸る。


「ギィ倒して終わりじゃねぇしな?」


 ハッサンが畳みかける。


「ケニーは王子だろ?弟の仇を討ったら王様になんだろ」

「そうだろうな」

「オルデンはついててやるんだろ?」

「いや、」


 オルデンが苦々しく言葉を受ける。


(おり)ゃあ、泥棒だからな」


 ハッサンは目を見開いた。


「今は違うだろ?」

「今はな。シャキアの手伝いして魔法もちょいと使って、食わして貰ってるからな」


 一同の食事は、魔法で砂漠から手に入れる。着るものも魔法でなんとかなる。だが、シャキアの好意にも甘えていた。ハッサンと港町で暮らした数日間と違って、この四年は働いていなかった。


「いつまでもそうやって世話になれるもんじゃねえ」



 ケニスは修行に集中していたし、オルデンは精霊の少ないオアシスで、デロンの技をなんとか解き明かそうと苦心していた。働きに出る余裕は無かったのである。


「ギィがいなくなりゃ、命も狙われねぇよな?」

「まあな」

「そしたら、魔法で食えるんじゃねぇの?」


 オルデンはかぶりを振った。ハッサンは顔をしかめる。


「オルデンの腕前なら、王様のお側仕えにだって成れんだろうに」

「柄じゃねぇよ」

「また森で泥棒すんのか」


 オルデンは苦笑いだ。


「森にゃ戻るな」

「ケニーとも別れんのかよ」

「ケニーは王子様だぜ?」

「そりゃなあ。けど、オルデンはどうすんだよ?」


 オルデンはへっと短く笑う。



「命を狙われなきゃ派手に魔法使ってもいいから、食うもんにも着るもんにも困んねぇ」


 精霊が集まり魔法を自在に使うところを見られ、ノルデネリエ先代王の双子だと誤解されたのだ。そして命を狙われた。だから、その件が片付けば、オルデンは自由に生きられる。


「後悔すんぜ」

「そんときゃ、また考える」

「4年逢えねぇだけでも、連れてくりゃよかったって悔やむんだぜ?」

「パリサだって、食堂離れらねぇだろ」


 ハッサンは溜め息を吐く。


「まあな」


 風がふたりの日に焼けた頬を撫でて吹きすぎる。


「俺はパリサんとこに戻るけどな」

「結局、なるようにしかなんねぇよ」



 オルデンは砂漠の夏空を仰ぐ。精霊大陸の国境にある森の上に広がる空より、ずっと深く眼が痛いような青だ。


「人違いで命を狙われんのも、そいつらの王子様を育てんのも、見つかってまた追いかけられんのも、そんときそうなったからだしな」


 オルデンの眼は澄んでいた。その眼を横切り流れる雲の白さもまた、慣れ親しんだ森の雲よりも眩しい。


「オルデンがいいなら、仕方ねぇな」


 ハッサンもフッと笑う。ふたりはしばらく、黙って空を眺めていた。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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