188 朝
一旦逆さまの宮殿で寝直した一同は、翌朝早く起き出した。皆一様に落ち着かなかったのである。誰からともなく宝物殿がある中庭に戻り、オルデンがギィに落とした砂山を囲んだ。砂のトカゲがおっかなびっくり砂山を崩す。精霊たちは近寄って、ギィの気配が無いことを確認した。
「王墓の暴風に挨拶しておくのだぞ」
宝物殿から這い出した水龍が言った。
「そうだな」
乗せて貰ったハッサンは、特に恩義を感じていたらしい。言われてすぐに、宝石の花園の扉へと向かう。もう月は沈んでしまったので、扉は光を失って閉じたままだ。
「おおい、アキーム王様!王墓の暴風さんよう!力を貸してくれて、ありがとうな!」
「ありがとう!」
大人たちが声を張り上げる。
「ごめんなさい!」
ケニスだけが、震える声で謝った。
「俺を殺しに来たんだ。俺のせいなんだ」
ハッサンはギョッとしてケニスを見下ろした。オルデンはがっしりとケニスの肩を抱く。
「違う!昨日ギィが来るなんて、誰にも分かんねぇよ!だいたい殺そうとする奴が悪い」
「そうよ!ケニーは悪くないわ」
「でも」
カーラは正面からケニスに抱きついた。俯くケニスが涙を堪えて鼻水を垂らす。カワナミはゲラゲラと笑った。
「カワナミ!」
カーラが怒って、カワナミの方へ虹色の火の玉を投げつけた。
「アハハ!カーラこわあい!」
カワナミは笑いながら逃げ回る。火の粉よりずっと大きな火の玉は、カワナミが避けると扉や床に当たって焦す。
「こら、カーラ。カワナミもやめろ」
オルデンが叱るのも聞かず、カーラとカワナミはひとしきり争う。
しばらく経つと、ケニスは顔を上げてカワナミを睨みつけた。しかし、その瞳に陰はなく、額からは炎を表す古代精霊文字が消えていた。
「ギィは必ず消そう」
ケニスは決意を新たに、ヴォーラの柄をグッと握った。ヴォーラの光は白く広がる。サダが呼応するように青く光った。
「そうだな」
ハッサンがぼそりと呟く。
「ハッサン、無理に来なくて良いんだぞ」
「そうだよ。お礼だって出来るか分かんないし」
「何言ってんだよ、今更」
ハッサンは、浅黒い顔をくしゃりと崩す。今は布を巻いておらず、暗い金髪は白い魔法の廊下になびく。薄青い瞳が明るく踊って、皆の気持ちを軽くした。
「あんな奴をそのまんまにしといたら、幻影半島だって危ねぇんだろ?」
「そりゃまあ」
ケニスは申し訳無さそうに語尾を濁す。ハッサンは、ニカっと真っ白な歯を見せた。
「ま、いっぺんパリサには逢ってくし、ヤラにも一言声かけねぇとな」
「悪ぃな、ハッサン」
「おいよう、オルデン。水臭ぇよ!」
ハッサンはオルデンの背中をどやしつける。
「ははっ、まあ、なんだ、ケニーの先生だしな」
「おうよ」
「じゃ、しばらくは頼まぁ」
オルデンが観念したように助力を受け入れた。
「よろしくね、ハッサン」
「サダもね」
ケニスとカーラが軽く触れると、サダは青く瞬いた。
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