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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
第四章 イーリスの子供たち
188/311

188 朝

 一旦逆さまの宮殿で寝直した一同は、翌朝早く起き出した。皆一様に落ち着かなかったのである。誰からともなく宝物殿がある中庭に戻り、オルデンがギィに落とした砂山を囲んだ。砂のトカゲがおっかなびっくり砂山を崩す。精霊たちは近寄って、ギィの気配が無いことを確認した。


「王墓の暴風に挨拶しておくのだぞ」


 宝物殿から這い出した水龍が言った。


「そうだな」


 乗せて貰ったハッサンは、特に恩義を感じていたらしい。言われてすぐに、宝石の花園の扉へと向かう。もう月は沈んでしまったので、扉は光を失って閉じたままだ。


「おおい、アキーム王様!王墓の暴風さんよう!力を貸してくれて、ありがとうな!」

「ありがとう!」


 大人たちが声を張り上げる。



「ごめんなさい!」


 ケニスだけが、震える声で謝った。


「俺を殺しに来たんだ。俺のせいなんだ」


 ハッサンはギョッとしてケニスを見下ろした。オルデンはがっしりとケニスの肩を抱く。


「違う!昨日ギィが来るなんて、誰にも分かんねぇよ!だいたい殺そうとする奴が悪い」

「そうよ!ケニーは悪くないわ」

「でも」


 カーラは正面からケニスに抱きついた。俯くケニスが涙を堪えて鼻水を垂らす。カワナミはゲラゲラと笑った。


「カワナミ!」


 カーラが怒って、カワナミの方へ虹色の火の玉を投げつけた。


「アハハ!カーラこわあい!」


 カワナミは笑いながら逃げ回る。火の粉よりずっと大きな火の玉は、カワナミが避けると扉や床に当たって焦す。


「こら、カーラ。カワナミもやめろ」


 オルデンが叱るのも聞かず、カーラとカワナミはひとしきり争う。



 しばらく経つと、ケニスは顔を上げてカワナミを睨みつけた。しかし、その瞳に陰はなく、額からは炎を表す古代精霊文字が消えていた。


「ギィは必ず消そう」


 ケニスは決意を新たに、ヴォーラの柄をグッと握った。ヴォーラの光は白く広がる。サダが呼応するように青く光った。


「そうだな」


 ハッサンがぼそりと呟く。


「ハッサン、無理に来なくて良いんだぞ」

「そうだよ。お礼だって出来るか分かんないし」

「何言ってんだよ、今更」


 ハッサンは、浅黒い顔をくしゃりと崩す。今は布を巻いておらず、暗い金髪は白い魔法の廊下になびく。薄青い瞳が明るく踊って、皆の気持ちを軽くした。



「あんな奴をそのまんまにしといたら、幻影半島だって危ねぇんだろ?」

「そりゃまあ」


 ケニスは申し訳無さそうに語尾を濁す。ハッサンは、ニカっと真っ白な歯を見せた。


「ま、いっぺんパリサには逢ってくし、ヤラにも一言声かけねぇとな」

「悪ぃな、ハッサン」

「おいよう、オルデン。水臭ぇよ!」


 ハッサンはオルデンの背中をどやしつける。


「ははっ、まあ、なんだ、ケニーの先生だしな」

「おうよ」

「じゃ、しばらくは頼まぁ」


 オルデンが観念したように助力を受け入れた。


「よろしくね、ハッサン」

「サダもね」


 ケニスとカーラが軽く触れると、サダは青く瞬いた。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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