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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
第四章 イーリスの子供たち
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185 水龍の元へ

「臆病もの!こっちの精霊も捕まるぜ!」


 ケニスは一声虚空に叫ぶと、オアシスの主が居る宝物殿へと向かう。青白い月光の波を掻き分け、中庭の花園へ駆け込んだ。ギィの炎は赤々とまとわりついている。


「水龍、起きろ!」


 皮肉なことに、ケニスの攻撃性が上がるにつれて、ギィへの憎しみが精霊の本性を濁らせる。濁りが増せば、それだけ魂は壊れやすくなってしまうのだ。ギィはグイグイとケニスの心を押しのけていった。


「精霊を縛って力を吸い取る奴が来てる!」


 ケニスはかろうじて正気を保って叫ぶ。宝物殿の扉は、ぴたりと閉まってシンとしている。ギィの炎が徐々に強くなってゆく。ケニスの顔は歪む。緑色をした柔らかな眉がくっつきそうなほどに寄せられた。すっきりとした鼻筋へと導くなだらかな額には、いく筋もの皺が刻まれ始める。



 真っ赤な炎が柱となって、熱風が辺りの草花を焦がす。ケニスは唸る。言葉が出なくなってきた。広間を出る際、咄嗟に手にしたヴォーラは腰に収まっている。白い光が明滅し、ケニスに抜き放つことを促していた。


 ケニスは朦朧としながらも、白く光る枯草鋼の剣の鞘を払う。精霊大陸にある砂漠で採れる神秘の金属、枯草鋼を鍛えた業物だ。剣身に刻まれた古代精霊文字を、荒い息で送り出す。


「ヴォーラ、幸せを力に」


 剣は更に光を増した。ギィの炎が、威嚇するかのように轟々という音を生み出す。火の粉が宝物殿の屋根に降り続いていた。ケニスは立って居られなくなる。ギィに抵抗しながら、背中を丸めてうずくまる。それでも幸運剣ヴォーラから手を放すことはしなかった。



「ケニー!」


 耳に届く大切な少女の声に、答えようとする。危ないから離れろと。


「うう」


 口から漏れるのは獣のような声ばかり。それすらカーラには聞こえていないようだ。ギィが猛火を思う様に操る中庭の花園へ、愛しい少女が入ってきた。


(見えていない?)


 ギィは余計な邪魔が入らないように、ケニス以外には気づかれない細工を施していたようである。ケニスはむしろ、ほっとした。巻き込まないで済んだ。そう思うと、心に余裕が生まれた。



 吠えるような音しか出ないが、ケニスは抵抗を続ける。ヴォーラも光を出している。押されていた力のバランスが、徐々に拮抗し始めた。ギィは躍起になってケニスの心を折ろうとする。ケニスに集中するために、身を隠すことが疎かになった。ケニスの力は、優しい双子の弟を遥かに凌ぐものだったのだ。ギィは、いよいよケニスの肉体を器にしようとして激しく攻撃してきた。


 なりふり構わず乗っ取ろうとするギィも、集中力が切れたようだ。カーラが火柱に気がついて、宝物殿の脇へと駆け寄ってきた。


「ケニー!!」


 必死で決意に満ちた声は、イーリスの子供達を幸せな方へと導くもの。だが、イーリスを母として生まれたギィには伝わらなかった。母の思いも虚しく、邪悪にひび割れたギィの心は、子孫の魂を砕いて呑み込もうとするばかり。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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