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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
第四章 イーリスの子供たち
184/311

184 宮殿を駆ける

 助けられると思って、対面を楽しみにしていた双子の弟が、先祖であるギィに魂を砕かれた。そして、血を分けた末の妹ルイズに呪われた。ルイズの追随者には毒を盛られた。ギィは毒と知った上で、その杯を煽った。ルイズのしつこい暗殺の試みから一旦逃れる為に、ギィはタイグという器を捨てたのだ。


「血族なのに」


 ケニスは、乗り移ろうとしてくるギィから伝わった陰惨な現状に、激しく動揺した。詳細を知ったわけではない。それでも耐えがたい状況は感じ取れた。マーレン大洋を渡る前は、森で平和に生きて来た。ルイズを支持するノルデネリエ精霊派の邪法使いに追われたが、幻影半島に来てからはまた、のびのびと暮らしていた。


 のどかな暮らしに慣れきった心である。血で血を洗うノルデネリエ精霊王朝の覇権争いは、大き過ぎる衝撃だった。



 ギィを倒すという大きな目標はあった。その為の修練も積んだ。決め手となり得る幸運剣ヴォーラを使いこなそうと、精霊の紹介で師匠にもついた。同じ幸運の精霊が棲む曲刀サダの継承者、ハッサンである。


 万が一に備えて、砂漠にある古代文明の遺跡に潜み、鍛錬に励んだ。4年という年月を経て、いよいよ精霊大陸に帰ろうかという矢先だ。師と仰ぐハッサンは、ようやく大切な女性パリサの元に戻れると喜んでいた。


 今宵逆さまの宮殿では、すっかり油断して髪も瞳も色を戻した。カーラとの小さな恋は、ようやく花を開いたところ。大好きな養父オルデンと幻影半島に来てからの恩人シャキアが、ゆっくりと絆を深めている。



「邪魔させるもんか!」


 ケニスの炎は、虹色からどす黒い赤へと濁り始めた。会ったこともない実の家族を、長い長いノルデネリエの歴史を通して殺され続けただけではないのだ。このまま乗っ取られると、共に暮らしている大事な人々の幸せまで奪われてしまう。


「お前なんかに!」


 心にできたその隙を、邪なギィが見逃す筈はない。わざと心にルイズや奸臣たちの悪業を見せてくる。


「負けない」


 タイグとケニスは双子である。14歳という歳を初めとし、色合いや身長などは殆ど同じだ。だが、気弱で優しいタイグと違い、ケニスは自由で豪胆だった。



 ギィは、炎で寝ているみんなを覆ってしまおうとする。


「させるか!」


 ギィが自分にくっついていると察知し、ケニスは広間を駆け出した。


(どこへ行く?アキーム王の墓所?それとも)


 逆さまの宮殿は、森閑としている。ケニスの走る靴音だけが虚しくこだまする。


(扉が閉じてる?)


 墓所に通じる月光で開く扉は、固く閉ざされていた。推しても叩いてもびくともしない。


 ケニスは扉に背を向けた。


(精霊は隠れて、魔法は息を潜めている)


 守りの魔法だけが機能して、宮殿の魔法は自らを閉じこめるかのようだ。ギィの存在には干渉せず、巻き込まれることを恐れている。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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