183 タイグの最期
何かを求めて彷徨う腕は、寝台脇の丸テーブルに当たり燭台を倒した。燭台からはずれて跳ね飛んだ蝋燭は、寝台を覆う天蓋に真っ赤な炎の花を咲かせた。
「がはっ」
燭台が載っているテーブルを乱暴に突き転がし、シーツを掴んで引き剥がす。はずみで自分が床に転がれば、炎は瞬く間に王の寝室を舐め尽くしてしまった。
「ごぼっ」
横様に転がった14歳の華奢な少年は、口から血を溢しながら燃え広がる炎を眺める。顔には断末魔の苦しみが現れた。
「楽しみだ」
寒気を呼ぶような悪辣な笑みが、タイグの死相を覆う。炎は敷き詰められた豪華な絨毯を走り、重厚なタピスリーを登り、灰色の天井を這う。
「海の向こうに領土が出来るか」
タイグの姿をしたギィは満足そうに目を細めた。燃え盛る炎の音に驚き、駆けつけた臣下の怒号と水を運ぶ足音の中、タイグの肉体は、眠るように逝った。
ケニスは額に異様な熱を感じて目を覚ました。宮殿の魔法が用意してくれた柔らかな布団の上に起き上がる。カーラは仰向けですやすやと寝息を立てている。バンサイは姿勢良く、ハッサンは大の字になって寝ている。オルデンの周りには精霊が集まっていて、寄り添って眠るシャキアにも心休まる香りを運ぶ。
額に刻まれた古代文明の精霊文字は、煌々と輝きを放っていた。明かりが顔に当たって、広間で眠る一同の顔が、それぞれに少しずつ歪んだ。しかし、どうしたわけか1人として起きない。
チリッという音に振り向けば、火焔を表す額の文字から火の粉が飛んで夜具が焦げていた。宮殿の魔法に守られて、燃え上がることは免れたようだ。それでも、小さな焦げ跡は残る。
「なんだ?」
ケニスは呟いて額に手をやる。逆さまの宮殿にいる間はすっかり隠すのをやめた緑色の巻毛が、熱風に煽られて持ち上がっている。
「この文字から入りこもうとしているのか?」
ケニスは何かに押しのけられるような、不思議な感覚に苛立った。
「弟が」
入り込んできたギィの意識から、タイグの最期が断片的に伝わってくる。生涯会うことのなかった双子の弟だ。
「必ず助けると誓ったのに」
ケニスの唇はワナワナと震えた。
「顔を見ることさえ叶わなかった」
タイグはまだ14歳だった。それでも穏やかな人柄を慕って、信頼できる臣下も集まりはじめていたのだ。
ギィの意識から読み取れたのはほんの一瞬だ。ルイズに呪われ精霊派に毒を盛られる姿である。ケニスにはよく分からなかったのだが、その時既にタイグの魂は邪法に砕かれていた。だから、正確には、肉体が毒を煽った時にタイグは既にこの世の人ではなかった。先王オーウンが息を引き取った時、タイグはギィに乗っ取られてしまったのである。
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