182 ギィの選択
編集ミスで183話冒頭が末尾に掲載されていたので改稿しました。ご迷惑をおかけ致しました
ギィは、ノルデネリエ側の雪原と雪渓、その先にある平原に続く国境の森を支配することに心血を注いできた。エステンデルスとの敵対に全力を尽くし、民と精霊を酷使していた。
その一方で、ほかの土地はギィの眼に入っていなかった。既に興味のないヴォーラをケニスが手に入れようが、それを持って海を越えようが、気にしなかった。精霊たちの力で得た情報は、ギィひとりで秘匿していた。
ケニスが生きていることをノルデネリエで知る者は、ギィだけである。伝説を辿り枯草鋼の幸運剣ヴォーラを探した先で、偶然ケニスを見つけた魔法使い一派の記憶は地底湖の精霊が消した。その情報もギィは手に入れていたが、放っておいたのだ。
「小娘のやつ、スペアを全て壊すとは浅はかな」
だが、ルイズを消し去るとスペアがケニスの他は、ひとつもなくなってしまう。流石にそれは避けたい。
森に捨てられたケニスが生きているのは知っている。双子の兄を殺すのは迷信だ。とくに弊害がないので、今まで見逃して来た。わかりやすい憎しみは、ギィにとって喜ばしいことであったゆえに。ギィとしては、ルイズが直系殲滅を行うまで、ケニスが生きていても死んでいてもよかった。
「器の秘密を知れば、乗り移りを拒む法を編み出すに違いない」
ギィもルイズの実力は認めている。乗り移りはギィだけが知る秘密だ。歴代の世継ぎも知らされてはいない。器の予備を作っておく重要性を教えれば、いかに玉座を羨望するルイズとて、資格者皆殺しの愚は犯さないだろう。ただ、秘密を知れば、ギィを倒して自らが新しい始祖となる道を選ぶに決まっている。
「厄介な」
ギィは炎を体のまわりにゆらりとまとい、寝床から起き上がる。寝台を降りたタイグの姿をしたギィは、枕元にある小さなテーブルから、乱暴な手つきで酒盃を持ち上げた。本物のタイグならば、けしてしないような荒々しい動作だ。
「では、行くとするか」
ルイズ配下の精霊使いが用意したその毒杯を、ギィはタイグの優しい口元へと運ぶ。この国で家督を継げば、もう大人である。寒い国ゆえ、飲酒の習慣は年若い者にも根付いていた。祝宴の夜半、少年新王の枕元に酒が用意された事を誰も怪しまなかった。盃を満たす艶やかな赤が、虹色の瞳を染め上げてゆく。
銀色にたつ月の漣は、真夏の夜風を絡めてスリット窓を抜けて来る。サイドテーブルの燭台から届く灯りは、新王タイグの青白い顔の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせる。
暗闇に滲むタイグの唇に、雪原を統べる狼の頭を模した銀杯が触れた。ほっそりと白い指先に力がこもり、ケニスと同じ顔が苦悶に歪む。飲み干した杯は虚しく転がり、脚元の闇で鈍い音を立てる。上等なぶ厚い絨毯は音を吸い込み、新王の肉体は毒を受け入れ2つに折れる。
「ぐうっ」
腰を折り、頭を床に向けて腕を伸ばすと、ギィは口から血を垂らす。
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