180 弱い器
ルイズは高い塔の屋根に出て、ノルデネリエを見下ろしている。髪もおどろに目は吊り上がり、およそ幼い姫御子の姿とは思われぬ。ウーッと激昂した野犬のように歯を剥いて、氷輪に拳を突き上げる。月に映る魔女の小さな影は、燃え立つ悪鬼のかたちであった。
「我こそは、雪と氷を渡る炎の王、雪原の覇者、氷筍の主、豪雪に親しむノルデネリエを総べる者!」
雪渓の嵐は白く吹き荒れ、再び引き寄せられたギィの精霊たちは激しく抵抗する。
「我に従え!弱き者タイグ!我に玉座を明け渡せ!」
幼い王女は、躍起になって呪いの念をタイグ王に送る。だが、相手は既にギィである。いくら邪心に満ちた天才邪法使いであろうとも、親玉であるギィには敵わない。そして、精霊の血は、ルイズよりもタイグのほうが強く出ているのだ。
これはギィにも曲げられない血の不思議であった。ルイズは、大人しくしているタイグを自分よりも下に見ている。長子ですら正確な建国史を知らない当代にあって、緑の髪や虹色の瞳の意味は分からない。色だけそれらしくとも劣る者だと嘲っていた。
イーリスの最後に吐いた息から生まれたカーラは、イーリスの子どもたちを託された。彼女に受け継がれた想いは、虹色の眼をした子供達を幸せな方へと導くこと。
今となっては、血が薄まりノルデネリエの直系王族にも虹色の瞳は少ない。何故か嫡流長子のみは必ず虹色の眼に緑色の巻き毛を備えて生まれて来るのだが。
しかし、彼等長子もギィの力に耐えられる程ではなく、寿命は短い。そのため、長子の色は今や病弱の象徴だ。ただ、在位期間は強大な精霊と邪法の力を見せつけてくる。弱いのは身体だけ。それをルイズは知らなかった。
傀儡派も、操られているのに支配しているつもりになっているのだ。ルイズが捕らえた精霊たちにもそこまでは掴めない。邪法の大元はギィだ。その養母である砂漠の魔女からまんまと独立した悪の天才である。8年程度の修練では、到底勝てるはずもない。
「何故だ?何故魂を砕けぬ?肉体を崩せぬ?」
ルイズは焦燥し歯噛みする。
「雪渓の精霊どもよ!弱きタイグを潰してしまえ!」
逆巻く雪は耳をつんざく悲鳴を上げて、タイグの寝室へと向かわされた。迎え撃つ新王タイグの魂は既にギィに呑まれてしまっている。もう無い物を砕く事はできないのだ。ルイズは虚しく魔法を放つ。
「ええい、腹立たしい!毒よ回れ!」
とにかくタイグが絶命すれば、玉座はルイズのものである。しかし、ルイズを支持する精霊派は、ルイズが成人するまではノルデネリエ精霊王朝の傍系が後見として出てこないよう、慎重であった。それで、タイグに力の無い家の娘を娶せる算段なのだ。
「臆病者どもめ。後見など怖くは無いわ!」
ルイズは当代最強を自負する魔法使いである。ギィの老獪さを知らぬが故に。
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