177 タイグの戴冠
傀儡とするためには、死んで貰っては困る。愚か過ぎれば人民の暴動や愛国者の叛逆が起こる可能性がある。だが、あらゆる面で健康過ぎても思うように操れない。
アーリングは狡猾なギィの血を継ぐ男である。既に宮中で力を持っていた貴族たちを手玉にとり、黒幕としての地位を確立していた。タイグの教育は、当たり障りのない範囲内で継続させる方針だった。
「アーリングどの」
薄暗い廊下の片隅で、小物が小走りに近づいた。アーリングはいつものように、黙って足を止めるだけだ。表情は動かさない。
「陛下の国葬と殿下の戴冠の日取りが決まりました」
小物は小さく折り畳んだ紙切れを渡すと、頭を下げて立ち去った。アーリングは素早く紙切れの中身を確認し、壁に点る灯りの炎で焼いてしまった。
「妃の選定が遅れてしまいましたなあ」
薬師の部屋に入ると、情報はもう伝わっているようだった。
「アーリング様も、もうご存知でしょう?」
アーリングは頷く。腹の読めないガラス玉のような目で、薬師の顔を見た。
「なに、どの妃でも同じことだ」
「それが、アーリング様。精霊派の奴らが妙な動きを見せておるのです」
「末姫を担ぐ話であろ?」
「ご存知でしたか」
精霊派は、精霊が多少は見える邪法使いたちの一派だ。彼らは、精霊王朝に強力な魔法を取り返したがっていた。現王太子タイグは、病弱で気も弱い。イーリスの血を受けて緑の髪と虹色の目は持って生まれた。だが、魔法を使う素振りは見せないのだ。
一方の末姫は、精霊を見ることが出来た。有名人と呼ばれる黒髪の姫は、直系王族でありながら虹色の目も緑の髪も持たない者であった。だが愛嬌があり、ギィの邪悪な性質は受け継いでいた。
人々は知らなかったのだが、額の古代精霊文字は、炎を意味する形に刻まれていた。精霊との関わりも、僅かながらに保っていたのだ。
「ルイズ様はお小さいのに魔法に長けておられる」
「髪色や目の色は関係がないですな」
「精霊の血を再興されるのは、ルイズ様だ」
「初の女王陛下となられるだろう」
勝手なことを噂する精霊派は、魔法使い以外を王宮から排除しようと画策していた。
優しいタイグは、血税で私腹を肥やす宮中の者どもに胸を痛めていた。タイグは、正しい心をもつ王子であったのだ。手抜き教育を受けていたのに。それだから、王太子派も形成されたのである。
「タイグ殿下、必ずや我らがお守り申します」
「こちらは、薬師を通さず手に入れた、滋養のある貴重な実でございます」
「殿下、放牧地域より報告が」
タイグは賢い王子であった。少ないながらも忠実な臣下に囲まれていた。傀儡派に従うふりをしながら、ゆっくりと足場を固め、ついに戴冠の日を迎えることが出来た。
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