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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
第四章 イーリスの子供たち
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177 タイグの戴冠

 傀儡とするためには、死んで貰っては困る。愚か過ぎれば人民の暴動や愛国者の叛逆が起こる可能性がある。だが、あらゆる面で健康過ぎても思うように操れない。


 アーリングは狡猾なギィの血を継ぐ男である。既に宮中で力を持っていた貴族たちを手玉にとり、黒幕としての地位を確立していた。タイグの教育は、当たり障りのない範囲内で継続させる方針だった。



「アーリングどの」


 薄暗い廊下の片隅で、小物が小走りに近づいた。アーリングはいつものように、黙って足を止めるだけだ。表情は動かさない。


「陛下の国葬と殿下の戴冠の日取りが決まりました」


 小物は小さく折り畳んだ紙切れを渡すと、頭を下げて立ち去った。アーリングは素早く紙切れの中身を確認し、壁に点る灯りの炎で焼いてしまった。



「妃の選定が遅れてしまいましたなあ」


 薬師の部屋に入ると、情報はもう伝わっているようだった。


「アーリング様も、もうご存知でしょう?」


 アーリングは頷く。腹の読めないガラス玉のような目で、薬師の顔を見た。


「なに、どの妃でも同じことだ」

「それが、アーリング様。精霊派の奴らが妙な動きを見せておるのです」

「末姫を担ぐ話であろ?」

「ご存知でしたか」



 精霊派は、精霊が多少は見える邪法使いたちの一派だ。彼らは、精霊王朝に強力な魔法を取り返したがっていた。現王太子タイグは、病弱で気も弱い。イーリスの血を受けて緑の髪と虹色の目は持って生まれた。だが、魔法を使う素振りは見せないのだ。


 一方の末姫は、精霊を見ることが出来た。有名人(ルイズ)と呼ばれる黒髪の姫は、直系王族でありながら虹色の目も緑の髪も持たない者であった。だが愛嬌があり、ギィの邪悪な性質は受け継いでいた。


 人々は知らなかったのだが、額の古代精霊文字は、炎を意味する形に刻まれていた。精霊との関わりも、僅かながらに保っていたのだ。


「ルイズ様はお小さいのに魔法に長けておられる」

「髪色や目の色は関係がないですな」

「精霊の血を再興されるのは、ルイズ様だ」

「初の女王陛下となられるだろう」


 勝手なことを噂する精霊派は、魔法使い以外を王宮から排除しようと画策していた。



 優しいタイグは、血税で私腹を肥やす宮中の者どもに胸を痛めていた。タイグは、正しい心をもつ王子であったのだ。手抜き教育を受けていたのに。それだから、王太子派も形成されたのである。


「タイグ殿下、必ずや我らがお守り申します」

「こちらは、薬師を通さず手に入れた、滋養のある貴重な実でございます」

「殿下、放牧地域より報告が」


 タイグは賢い王子であった。少ないながらも忠実な臣下に囲まれていた。傀儡派に従うふりをしながら、ゆっくりと足場を固め、ついに戴冠の日を迎えることが出来た。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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