176 ギィと奸臣
ギィの邪法にも欠点があった。器が壊れた時、ギィは炎の姿となる。たが、器の額に刻む古代精霊文字を心臓とするため、器が壊れるまでは次の肉体に乗り移る事は出来ない。老衰で息を引き取るまで乗り移れないとなると、反対勢力に牛耳られる危険が出てくる。
そこでギィは、次の器が充分に育つ頃合いを見計らって前の器を処理することにした。最初に乗り移った器は胎児である。その後、いちばん効果的なタイミングを模索したのだ。
「陛下」
薬師は、国王の寝室に入ってきた。歴代の薬師もギィの乗り移りの秘密は知らない。彼らは、自分たちが王権交代の時期を決定出来ると勘違いしている。そうした悪心を育てるのも、邪悪なギィの愉楽なのだ。初代薬師を現アーリング領に派遣して、万能薬そっくりな毒草に気付かせたのもギィだ。
「お薬のお時間にございます」
薬師がアーリングを伴って毒を持って来ると、ギィは内心ニヤリとした。
「うん」
現王オーウンの体で、ギィは掠れた声を出す。
アーリングの邪心にはとっくに気がついている。配下の精霊たちに見張らせて、動きは常に追っていた。器となるノルデネリエ直径王族は、表向きのルールによれば王位継承権がある人々だ。
アーリングは器のシステムを知らないが、直径王族をできる限り廃そうとしている。継承権のある血族を減らそうと考えているからだ。
そんなことをはっきりとは言わない。言わないが、薬師とは同じ穴のムジナである。僅かな気配で察知して協力しあっていた。ことあるごとに薬を盛って病気をでっちあげる。そして特効薬で信頼を得る。よくある手口だ。利用価値の低いものは、病弱を理由に要職から遠ざけておく。
王を傀儡にする下地を、こうして着々と進めているのだ。だが、少年王は中身がどのみちギィに変わる。操られるふりをして、ギィはアーリングをいいように働かせる腹づもりだ。
「どうぞ」
無味無臭無色の猛毒を混ぜて練り固めた緑色の丸薬が、薬師から王に渡される。国王オーウンは半身を起こして、口をあけた。世話係は下げられ、薬師てずから丸薬をスプーンで王の口へと入れる。念には念を入れて、同じ毒を混ぜ込んだ水も飲ませた。
「さがれ、寝る」
嗄れた弱々しい声に、薬師と助手であるアーリングは退出した。使用した猛毒は、遅効性である。明日の朝には、睡眠中に容態が急変したとして、王の死体が見つかるだろう。
「この器は思いのほか脆かったな」
誰もいない寝室で、オーウンの姿をしたギィはつぶやいた。
「毒の中和程度で毎回かなりの生命力を削られる」
ギィは不満そうだ。ギィは、逞しい古代の農民ジャイルズと龍が吐いた炎が精霊となったイーリスとの間に生まれた。血が薄まった現代の器たちが、ギィにはとても脆く感じられた。
「乗り換えがこう頻繁になると、面倒だなあ」
ギィは、煩わしそうに顔をしかめた。
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