175 お抱え薬師の役目
王のお抱え薬師が冷たく目を光らせるのを、アーリングは見落とさなかった。
「大局とな」
心の読めない無表情で、アーリングは薬師の瞳を真っ直ぐに覗き込む。薬師はかすかに口角を上げて、アーリングの眼を見返した。
「ふむ」
アーリングは毒草に目を落とす。
「興味深い」
館に戻り、アーリングは薬師を晩餐に招いた。特産品の高級な酒に合う豪華な料理は、2人の舌を滑らかにする。
「そちの仕事ぶりを見学してみたいものだ」
「それは光栄な事でございます」
アルコールでやや赤らんだ顔に含み笑いを浮かべて、薬師は杯を重ねる。デザートも済ませて、2人は座を移す。アーリングは目配せして給仕を下がらせた。
「どうかな?そちが王宮に戻る折、私も同行するというのは?」
美しい曲線を描く細い銀の鶴口から、血のように赤い地酒が光りながら落ちる。薬師は嬉しそうに目を細めて、狼の頭を模した銀製の盃で受けた。
「これはまた、楽しい道中となりましょうぞ」
こうしてアーリングは薬師に同行して、まんまと王宮に潜り込んだ。日が経つうちに正式な助手となり、毒草の秘密にまで触れることを許されてしまった。アーリングは、人の懐に入るのがうまい。更に、薬師とは性格が似ており、ガッチリと結託したのである。
「アーリング様、ご領地の渓流で採取したものは、覚えておられますかな?」
ある日、アーリングが薬草棚を整理していると、薬師が声を潜めて語りかけてきた。アーリングは素早く辺りを見回してから、軽く頷いた。
「オーウン陛下のご容態ですと、近々処方が必要ですぞ」
アーリングは黙って薬師の目を見る。
「国王陛下のお薬係は、代々このお役目を受け継いでおりますのでございます」
「では、次代はこのアーリングが?」
「ええ。アーリング様ならば、始祖王ギィ陛下の尊い御血をお受けなされたお方ですし、薬師の技もずば抜けておられます」
困ったことに、薬師が言うことは本当だった。
「国王陛下がお弱りになったなら、頃合いを見てあの草を準備するのでございます」
「なるほどなあ」
「王太子殿下は未だ13歳にあらせられ、この度は先代様よりお早いご即位とはなりましょうが」
薬師はきょろきょろと人の気配を伺いながら、口早に説明を終わらせた。アーリングはニヤリともせず、しばしば見せる腹の内が読めない表情を作った。
「これからは、殿下のお側でお支えなされる方々のご健康にも、気を配らねばならぬな?」
薬師はハッとして、一瞬目を見開いた。そして、静かに目を伏せると、音もなく薬草棚を離れて行った。
タイグは優しい王子であった。ギィにすり減らされて床が上がらない父王に寄り添い、心を傷めていた。ケニスがヴォーラを使いこなすための稽古をしていた頃、タイグは玉座を狙う者どもに、呪われた王太子として白眼視されていた。
立場の弱い世継ぎの少年を傀儡とすることなど、アーリングには容易いことであった。
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