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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
第四章 イーリスの子供たち
175/311

175 お抱え薬師の役目

 王のお抱え薬師が冷たく目を光らせるのを、アーリングは見落とさなかった。


「大局とな」


 心の読めない無表情で、アーリングは薬師の瞳を真っ直ぐに覗き込む。薬師はかすかに口角を上げて、アーリングの眼を見返した。


「ふむ」


 アーリングは毒草に目を落とす。


「興味深い」


 館に戻り、アーリングは薬師を晩餐に招いた。特産品の高級な酒に合う豪華な料理は、2人の舌を滑らかにする。


「そちの仕事ぶりを見学してみたいものだ」

「それは光栄な事でございます」


 アルコールでやや赤らんだ顔に含み笑いを浮かべて、薬師は杯を重ねる。デザートも済ませて、2人は座を移す。アーリングは目配せして給仕を下がらせた。


「どうかな?そちが王宮に戻る折、私も同行するというのは?」


 美しい曲線を描く細い銀の鶴口から、血のように赤い地酒が光りながら落ちる。薬師は嬉しそうに目を細めて、狼の頭を模した銀製の盃で受けた。


「これはまた、楽しい道中となりましょうぞ」



 こうしてアーリングは薬師に同行して、まんまと王宮に潜り込んだ。日が経つうちに正式な助手となり、毒草の秘密にまで触れることを許されてしまった。アーリングは、人の懐に入るのがうまい。更に、薬師とは性格が似ており、ガッチリと結託したのである。


「アーリング様、ご領地の渓流で採取したものは、覚えておられますかな?」


 ある日、アーリングが薬草棚を整理していると、薬師が声を潜めて語りかけてきた。アーリングは素早く辺りを見回してから、軽く頷いた。


「オーウン陛下のご容態ですと、近々処方が必要ですぞ」


 アーリングは黙って薬師の目を見る。


「国王陛下のお薬係は、代々このお役目を受け継いでおりますのでございます」

「では、次代はこのアーリングが?」

「ええ。アーリング様ならば、始祖王ギィ陛下の尊い御血をお受けなされたお方ですし、薬師の技もずば抜けておられます」


 困ったことに、薬師が言うことは本当だった。


「国王陛下がお弱りになったなら、頃合いを見てあの草を準備するのでございます」

「なるほどなあ」

「王太子殿下は未だ13歳にあらせられ、この度は先代様よりお早いご即位とはなりましょうが」


 薬師はきょろきょろと人の気配を伺いながら、口早に説明を終わらせた。アーリングはニヤリともせず、しばしば見せる腹の内が読めない表情を作った。


「これからは、殿下のお側でお支えなされる方々のご健康にも、気を配らねばならぬな?」


 薬師はハッとして、一瞬目を見開いた。そして、静かに目を伏せると、音もなく薬草棚を離れて行った。



 タイグは優しい王子であった。ギィにすり減らされて床が上がらない父王に寄り添い、心を傷めていた。ケニスがヴォーラを使いこなすための稽古をしていた頃、タイグは玉座を狙う者どもに、呪われた王太子として白眼視されていた。


 立場の弱い世継ぎの少年を傀儡とすることなど、アーリングには容易いことであった。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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