173 最後の器
炎柱は跡形も無く消えた。静かになった中庭で、オルデンとケニスが並んで立っていた。砂の小山が、宝物殿の脇に出来ている。水龍は、青緑色の鱗をそっと鳴らして宝物殿に戻ってゆく。
カガリビとアルジャハブは砂山を見ている。カワナミは珍しく笑うのをやめて、オルデンの近くにやってきた。回廊に隠れていたバンサイ、シャキア、そして枯草の精霊は、おっかなびっくり花園に出てくる。
「オルデーン、どうなってる?」
枯草の精霊が、まだ留まっていた王墓の暴風を滑って宝物殿までやって来た。
「さっきのギィって奴、砂の下にいんのか?」
「逆さまの宮殿は出て行った」
オルデンの顔色は優れない。
「けど、消滅はしてねぇ」
「追い出すので精一杯だった」
ケニスは絞り出すように言うと、唇を噛んで涙をこらえている。ヴォーラは光を収めて既に鞘の中だ。ケニスはぶるぶると震える手で、ヴォーラの柄を握りしめたまま。
「ヴォーラを狙ってまた来るわね」
「うん。きっとまた来る」
「カワナミが、今生きてるイーリスの子どもたちはケニーと8歳の姫だけだって言ってたよな」
オルデンが子供たちに確認する。大人たちも合流して、皆が頷いた。
「ええ、そう言ってたわ」
シャキアが不安そうに言った。
「弟はどうなっちゃったんだろ」
ケニスは暗い声で呟く。
「それに、ギィはどこ行ったのかな」
重たい沈黙が、月光を浴びた中庭に落ちる。宝物殿の扉は閉ざされて、水龍の青緑色はちらりとも見えない。水龍は生き物だ。疲れて寝てしまったのだろう。
「ギィ、生きてるのよね」
「ああ、カーラの言う通りだ。生きてる」
夜咲く花の強い香りがしている。濃厚で痺れるような芳香に全身が浸され、全てが夢のような錯覚に陥る。
「悪夢だったのかしら」
カーラは不安そうにケニスを見た。ケニスは苦い顔で、虹色に揺れるカーラの瞳を見下ろす。
「いや」
オルデンが短く言った。オルデンは丸みのあるガサついた指先で、ケニスの額に触れる。
「見ろ。邪法の文字は無くなってる」
一同の視線がケニスの額に集まる。
「本当ね」
緑色をした巻毛の下には、もう古代精霊文字が刻まれていなかった。
「ケニーの額にあった文字が、ギィの心臓じゃなかったのか?」
疑問を口にするハッサンもサダを腰に戻して、砂の小山を眺めている。
「器のスペアがある限り、心臓ごと移動するんだろ」
オルデンが太い茶色の眉を怒らせる。カーラは希望を込めてオルデンに言う。
「器、もう後は8歳の姫君だけなんでしょ」
「そうなんだよな、それも不思議だぜ」
「うん。何があったんろうね、デン?」
「悪辣なギィがスペアに困るなんて、まったく何が起きたんだろうな」
ハッサンも眉を寄せる。バンサイは気づいていないが、胸元の光は消えたまま。ここの危険はひとまず去った。それでもことの成り行きがはっきりとは掴めない。シャキアは不安そうにオルデンに身を寄せた。
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