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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
第四章 イーリスの子供たち
173/311

173 最後の器

 炎柱は跡形も無く消えた。静かになった中庭で、オルデンとケニスが並んで立っていた。砂の小山が、宝物殿の脇に出来ている。水龍は、青緑色の鱗をそっと鳴らして宝物殿に戻ってゆく。


 カガリビとアルジャハブは砂山を見ている。カワナミは珍しく笑うのをやめて、オルデンの近くにやってきた。回廊に隠れていたバンサイ、シャキア、そして枯草の精霊は、おっかなびっくり花園に出てくる。



「オルデーン、どうなってる?」


 枯草の精霊が、まだ留まっていた王墓の暴風を滑って宝物殿までやって来た。


「さっきのギィって奴、砂の下にいんのか?」

「逆さまの宮殿は出て行った」


 オルデンの顔色は優れない。


「けど、消滅はしてねぇ」

「追い出すので精一杯だった」


 ケニスは絞り出すように言うと、唇を噛んで涙をこらえている。ヴォーラは光を収めて既に鞘の中だ。ケニスはぶるぶると震える手で、ヴォーラの柄を握りしめたまま。


「ヴォーラを狙ってまた来るわね」

「うん。きっとまた来る」

「カワナミが、今生きてるイーリスの子どもたちはケニーと8歳の姫だけだって言ってたよな」


 オルデンが子供たちに確認する。大人たちも合流して、皆が頷いた。



「ええ、そう言ってたわ」


 シャキアが不安そうに言った。


「弟はどうなっちゃったんだろ」


 ケニスは暗い声で呟く。


「それに、ギィはどこ行ったのかな」


 重たい沈黙が、月光を浴びた中庭に落ちる。宝物殿の扉は閉ざされて、水龍の青緑色はちらりとも見えない。水龍は生き物だ。疲れて寝てしまったのだろう。



「ギィ、生きてるのよね」

「ああ、カーラの言う通りだ。生きてる」


 夜咲く花の強い香りがしている。濃厚で痺れるような芳香に全身が浸され、全てが夢のような錯覚に陥る。


「悪夢だったのかしら」


 カーラは不安そうにケニスを見た。ケニスは苦い顔で、虹色に揺れるカーラの瞳を見下ろす。


「いや」


 オルデンが短く言った。オルデンは丸みのあるガサついた指先で、ケニスの額に触れる。


「見ろ。邪法の文字は無くなってる」



 一同の視線がケニスの額に集まる。


「本当ね」


 緑色をした巻毛の下には、もう古代精霊文字が刻まれていなかった。


「ケニーの額にあった文字が、ギィの心臓じゃなかったのか?」


 疑問を口にするハッサンもサダを腰に戻して、砂の小山を眺めている。


「器のスペアがある限り、心臓ごと移動するんだろ」


 オルデンが太い茶色の眉を怒らせる。カーラは希望を込めてオルデンに言う。


「器、もう後は8歳の姫君だけなんでしょ」

「そうなんだよな、それも不思議だぜ」

「うん。何があったんろうね、デン?」

「悪辣なギィがスペアに困るなんて、まったく何が起きたんだろうな」


 ハッサンも眉を寄せる。バンサイは気づいていないが、胸元の光は消えたまま。ここの危険はひとまず去った。それでもことの成り行きがはっきりとは掴めない。シャキアは不安そうにオルデンに身を寄せた。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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