172 ギィを退ける
ギィの炎柱はかなり痩せてきた。高さもどんどん低くなっている。それでもしつこく邪法で精霊たちを縛り付けようとしてくる。
「あっちいけよー」
カワナミが笑い声を上げながら、ギィの炎に水をかける。オルデンは、砂のトカゲに力を借りて、シャキアが住む遺跡の辺りから砂を呼び集める。
「ケニー、額の文字を焼くんだ!」
「そうよ!そんなの消しちゃいなさい!」
集めた砂漠の砂を雲のように広げながら、オルデンが大声を出した。カーラはケニスを背中から抱き込んで、オルデンの言葉に同調した。
「幸運だけヴォーラに渡せ!命まで吸われんなよ!」
ハッサンはケニスにアドバイスしながら、柱の回りを風で巻くようにしてサダを振るう。
ケニスがヴォーラを握る手に、グッと力が入る。14歳の少年の若々しい歯がギリギリと軋む。必死にしがみつくカーラの飛ばす無意識な火の粉は、虹色の水玉となってケニスの巻毛を彩る。
「ぐうっ」
ケニスは瞳を虹色に揺らめかせて、ヴォーラを握る腕を身体の方へと引き寄せた。ヴォーラは真っ白に光っている。
「文字、だけをっ」
嗄れ声とケニスの声とが、混沌として花園に響く。青緑色の水龍も、宝物殿に絡みついて盛大な援護射撃の水を降らせる。
「カーラ!出てこい!離れろ」
ケニスが腕を持ち上げた時、ギィの炎が大きく燃え上がる。再び勢いを増す炎柱に、オルデンが怒鳴った。炎の音は大人の男が出す声すら掻き消さんばかり。
「カーラ!」
オルデンがもう一度怒鳴る。ハッサンが慌てて回廊の方へ飛び去った。
「ケニー、大丈夫よ!」
「カーラ、行けっ」
「文字だけよ」
「わかってる。炎から出るんだ」
「しっかりね!」
カーラはぎゅうっとケニスを抱きしめると、炎柱の外へと走った。片手に提げていたランタンが、ガランガランとやかましく鳴る。虹色に踊るカーラの髪を見送ると、ケニスの心には不思議と平安が訪れた。
乗っ取りに来たギィへの怒りで歪んでいたケニーの顔は、冷静さを取り戻す。赤黒く染まっていた顔色は落ち着き、引き攣れていた頬は緩む。
眉間の深い縦皺は綺麗に伸びて、吊り上げていた目尻も下がる。ケニスはすっくと立ち上がった。炎の柱の中心でケニスはヴォーラを額に当てる。真っ白な光は炎の外にまで溢れ出す。
「おのれぇぇー!」
ギィが怨嗟の声を上げる。
「があああ」
獣のような恐ろしい唸り声へと変わってゆく。
「消えろ!お前の邪法を終わらせてやる!ギィ!」
「やめろ!俺の名前を呼ぶな」
ぐるぐると言う地響きのような音を混ぜて、ギィは唸る。ケニスは遂にヴォーラを額に掠らせた。
「ぎゃあああ」
宝物殿がカタカタと揺れる。回廊の壁や柱がグォンと銅鑼のように鳴って波打つ。花園の草花はザザァと海の声を上げて倒れ伏す。
「ケニー、こっちこい」
オルデンの合図でケニスがギィの火柱から飛び出す。同時にオルデンは炎柱の上に準備していた砂の雲を崩す。一気に落ちて来た砂は、最後の足掻きを見せていた炎の塊を押し潰してしまった。




