171 みんながいる
ハッサンは、アルジャハブとカガリビの会話を、花園に駆けつける途中で聞いていたのだろうか。余裕のある笑いをカガリビに投げた後、グッと顔を引き締める。
「頼むぜ、王墓の智慧ある暴風!」
オアシスにかつて生まれた智慧の子アキーム王の賢さを借りて、ハッサンは火の柱に挑み掛かる。沖風の精霊の背中に片膝をつき、前傾姿勢で片手は精霊の首につく。
「サダ、いい感じだぜ!」
サダの幸運の力で、皆が作った炎の裂け目にあやまたず、暴風で加速をつけた一撃を見舞う。この隙をつけたのは、宮殿の助けを受けてのことだ。それは、アキーム王の智慧を纏った王墓の暴風と、かつてアキーム王の宮殿に宝としてあったサダの幸運である。
「ハッサン、この調子で押すぞ!」
沖風の精霊は大きく風の翼を広げて、体を斜めに傾ける。ハッサンはバランスを保ち、傾きざまに手首を返して曲刀で弓なりの軌跡を描く。ギィの炎は形を保てなくなり始めた。
カワナミや砂のトカゲが邪法を防ぐ。水龍、カガリビ、アルジャハブはギィの炎が広がるのを押し留める。攻撃植物とオルデンの魔法は、ギィの炎を散らそうとする。
「ケニーみんないるぞ!」
「ケニー、オルデンよ!」
みんなを守ろうとしてひとり寝床を離れたケニーである。必死に走り、花園で追い詰められそうになっていたのだ。カーラの力がなければ、ギィに乗っ取られていたかもしれない。
「ケニー、頼るんだ!」
オルデンが説得しようとする。
「そうよ、1人でなんとかしようとした挙句に呑み込まれたんじゃ、かっこつかないわよ!」
カーラが炎の中でついにケニスの腕を掴む。
「ケニー、オアシスのみんなも力になりたいんだ!」
アルジャハブとオアシスの精霊が、邪法の文字を消しながら訴える。
精霊の森の叡智に相当するものは、この幻影半島には無い。残念ながら、精霊の数が少なすぎるのだ。精霊と魔法の智慧が、長い時間をかけて蓄積したものがその土地の叡智と呼ばれる現象である。
土地そのものに宿る叡智は、感じ取り読み取ることができれば大きな力になる。多くの場合には、場所そのものが自衛のために、アクセス制限をかけている。悪用する者の手に渡してはならないからだ。
オアシスの叡智というものは、精霊の森と違って蓄積していないらしかった。だが、そこまでの知識や見識ではないが、この宮殿には智慧ある王が眠っている。オルデンと同じ智慧の子だった、アキームだ。
そして、数は少ないがアキームを慕う強力な精霊たちが、この逆さまの宮殿には住んでいる。新しく仲間となったデロンの友人たち、それから海を超えて縁を繋いだ精霊大陸のケニスたち。
人間のひとりはただの絵描きである。ギィの炎すら見えない。精霊のひとりは、吹けば飛ぶような枯れ草の精霊である。だが彼らも足手纏いにはならないのだ。シャキアも含めた3人は、壁の陰に隠れてバンサイの胸元で光る防護の力に包まれていた。
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