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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
第四章 イーリスの子供たち
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168 カワナミの高笑い

 ケニスを乗っ取ろうとしてやってきたギィの魂は、カワナミも縛ろうとしている。だが、思いの外ケニスもカワナミも抵抗した。カワナミを縛ろうとした邪法を破られて、ギィの炎が暴れていた。ケニスを取り巻く炎の柱が大きく膨れて燃え盛る。


「させないよー?ハハハッ」


 炎が今度は宝物殿の屋根を焦がして、何か名前を書こうとする。カワナミはすかさず水の姿になる。水鉄砲のように屋根まで飛んでいって、文字を形作る前に炎を弾き飛ばした。


「最初からそのようにせよ」


 僅かに開いた宝物殿の扉から、水龍の髭が覗く。


「水龍、細かいなぁ!ははっ!」

「笑い事ではないぞ。宝物殿を傷つけるでない」

「きゃははっ、こっわーい」



 精霊に独自の名前をつけたり、既にある名前を呼んだり、名前で縛る方法は様々だ。カワナミは、生まれてから数十年程度の若い精霊だが、ギィがつけた名前だけでは縛れなかった。ギィの炎は赤に薄らと虹色を混ぜてカワナミを手に入れようとあがく。


「カッ」

「無理、無理ぃ」


カワナミへと伸びる炎は、渦に姿を変えたカワナミに消されてしまう。


「あははは!オルデンがくれた名前だからねー!」

「こしゃくな水め!」


 ギィはケニスに抵抗されながら、カワナミを『渓流童(けいりゅうわらべ)』という名前で縛ろうとした。宝物殿に邪法の文字を炎で刻みもした。普通の精霊なら、もっと弱い邪法でも囚われてしまう。


「他の名前なんかいらないよーだ!へへへへっ」

「小僧ッ」


 火なら火、水なら水を意味する古代精霊文字を近づけられただけで引き寄せられる。その上で、新しい名前や元からの名前を呼ばれてしまえば、もう終わりだ。


「大事な名前も、お前なんかに呼ばせやしないねっ」

「不愉快なガキだ!」



 完全に自分の影響下に置く為に、邪法使いの多くは独自の名前を精霊につける。だが、精霊の名付けは、本来精霊自身が望んで行うものである。


「全く、思い上がるんじゃないよ?」

「何を!50年にもみたぬ小童(こわっば)がぁ!」


 カワナミはオルデンの力で目覚め、オルデンに頼んで名前を貰った。断崖でオルデンを助けたミストラルは、生まれはオルデンと関係がない。だが、自らオルデンに名付けを願った。


「パロルの寝床で手下の精霊も減ったよねー」


 オルデンの活躍で、パロルの棲家にやってきた精霊は解放された。数にすれば僅かではあるが、ノルデネリエの魔法使いや邪法使いたちの支配から逃れたのである。


「器もないすり減った魂のくせに、精霊に勝てると本気で思ってるのぉ?」

「器に宿れば、貴様などものの数でもありゃせぬわ!」


 ギィは炎の姿で怒りを露わに轟々という音を立てる。少しだけ入り込まれたケニスは、額に油汗を浮かべて苦しんでいる。ヴォーラの光がますます白く花園の地表を這ってゆく。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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