167 ヴォーラの力
宝物殿のある花園は不自然に燃えていた。ケニスを閉じ込めている炎の柱は、周囲に燃え広がろうとしているのだ。真っ赤な舌で草花を舐め尽くそうと狙っている。だが、ケニスはうずくまりながらも幸運剣ヴォーラを抜いて抵抗しているようだった。
ヴォーラがまばゆく白い光を放っている。夜咲く花が大きく開き、ラッパ咲きの喉からむせ返るような香りを吐き出している。その花は純白だが、月の光の中で青緑色を帯びていた。そのラッパ型の花びらに、激しく迫る焔の舌とヴォーラの白い輝きが共に映ってせめぎ合っている。
「来るなー!」
「ケニー!」
14歳の少年とは思えないような嗄れた声で、ケニスは叫ぶ。うずくまっている為に表情は見えない。ケニスの祖先は賢い竜パロルが吐いた炎から生まれた精霊である。ケニス自身は焼け死ぬことがない。
カーラも同じ炎から生まれた精霊だが、なぜケニスは来るなというのだろうか。ギィという名を口にしていた。前の器に限界が来て、次に乗り移ろうとしているのだろうか。
「どういうことよ!ギィって?弟は?王様は?」
ギィの器にされるスペアたちは、直系王族である。
「今生きてるノルデネリエ精霊王朝の直系王族はねー、8歳の姫とケニーだけだよー」
カワナミがひょっこりと現れて教える。
「逃げろカワナミ!カーラも!早く」
ケニスは逃げろしか言わない。
「王様もケニーの弟も死んじゃったの?」
カーラが動揺して虹色の火の粉を撒き散らす。
「出てけッ!来るなッ!」
うずくまったケニスが、モゾモゾ動く。何かに抵抗するように身を捩り、ヴォーラに額を押し付けてがなる。髪はすっかり緑に戻り、毛先は虹色の焔となってクネクネと踊る。
「カーラ行こうー?出来ることないよー」
カワナミはこんな時でも笑って、カーラの手を掴む。カーラは火の粉を飛ばして水の手を払いのける。
「あたしは、ノルデネリエの、イーリスの子どもたちを導く為に生まれたの」
カーラの髪と瞳も虹色の焔となって燃え上がる。
「ケニーも、ギィも、イーリスを始原として持つすべての子どもたちが、幸せになる方へ、連れてゆくのよ!」
カーラは怯まない。炎の柱は異物を排除しようと渦巻く。ついでのように伸びた焔の舌は、宝物殿の壁に古代精霊文字で「渓流童」と焼き付けた。
「あはは!むーだ!」
カワナミがけたたましく笑って水の渦巻きになる。そのままヴォーラを撫でると、幸運の白い光を水の中に取り込んだ。
「カ」
ケニスを乗っ取ろうとしているギィだろうか。嗄れた声に粘り気のある嫌な魔力が混じり込むと、何か言おうとした。
「あっはっは!あははー!名前なんか呼ばせないよーだ」
カワナミが白く輝く強い流れとなって壁の表面を鋭く抉ると、精霊を縛り付ける文字は簡単に消えた。
「おいっ、そんなに削ることなかろうに!」
宝物殿の中から、不機嫌な水龍が顔を出す。カワナミは必要以上に壁を削ってしまったようだ。
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