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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
第四章 イーリスの子供たち
166/311

166 異変

 寝室に使った大広間で、カーラはふと眼を覚ます。精霊なので、元は眠る必要がない。人間の姿で顕現していると、食べたり眠ったりすることができる。今後町で過ごすことを考えて、人間の生活に慣れるため、カーラは夜に眠るのだ。


 普段はオルデンやケニスと同じに、夜に眠って朝早く目を覚ます。だが、この日は突然目が覚めた。音が聞こえたとか、気温が急に下がったとか、そうした異変はなかった。起き上がり辺りを見回すと、皆は静かに眠っている。


「ケニー?」


 隣に寝ていた筈のケニスの姿が見えない。


「ケニー、どこ?」


 ケニスは精霊の血が流れているとはいえ人間なので、夜中に起きることもあるだろう。だが、カーラはいいしれぬ不安に襲われた。



 オルデンを起こすこともなく、音もなく立ち上がったカーラは部屋を出ていく。カーラのカンテラで虹色の炎が膨らんだ。火の粉がパチパチと音を立てて、宮殿の夜を照らす。


「ケニー、ケニー」


 カーラは囁くように呼びながら、モザイク天井の下を歩いてゆく。


「いないの?」


 閉じられた扉は開き、扉のない回廊から庭を除く。宝石の蝶が眠ることなく遊ぶ部屋も確かめた。


「ケニー?」


 カーラは一度通った場所も、何回か調べて回る。



 カーラは、月夜の花園に足を踏み入れる。既に数回来てみたのだが、また隅々まで探してみる。頭の上は空ではないし、足の下は地面ではない。足元から逆さまに降るオアシスの月光が、宝物殿のある花園を洗う。


 精霊たちの気配はない。水龍は宝物殿の中で眠っている。昼の花は花びらを閉じて俯き、夜の花は強い香りを放っている。攻撃植物はなりを潜めて、水も風も今はすっかり見えなくなっている。


「ケニー?」


 低い唸り声が聞こえる。丈の高い花の中から、生の葉が焼ける青臭い臭いがした。カーラは足を速めるが、慎重に草花を分けてゆく。


「大丈夫?そこにいるんでしょう?」


 唸り声ばかりで返事がない。


「ケニー、どうしたの?何があったの?」


 カーラの声が震える。


「ケニー、具合が悪くなった?」



 カーラの細い手が、折り重なって茂る茎を分ける。途端に、虹色の炎がごおっと立ち上る。


「あっ」


 炎の勢いが増して、熱風にカーラの髪がぶわっと持ち上がった。炎の柱の中央で、うずくまっている影がある。


「ケニー!ケニーなの?」


 カーラは炎の精霊なので、焼ける心配はなかった。迷わず業火に飛び込んでいく。


「来るなッ!」

「ケニー」


 ケニスの声だ。


「ギィだ!カーラは逃げろ!」

「ケニー!」


 ケニスの叫びを無視して、カーラは炎の中心へと走り寄る。


「何してんの!来るなよ、カーラ、逃げろ!」


 ケニスは低く唸りながら、絞り出すように怒鳴り続けた。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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― 新着の感想 ―
[良い点] おお、ついに新展開? 平和な食事のあとだけに怖いですね。
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