165 古代の調べ
水龍が嬉しそうに暴風の庭を巡る。オアシスの精霊は水でできた鳥の姿で、枯れ草の精霊を背中に乗せて強風に乗る。砂のトカゲや枯れ草の精霊は、アキーム王の生きていた頃を知らない。だが、砂漠に生きた智慧ある王様を、ここ幻影半島の精霊たちは誇りに思っていたのだ。
王様は風の中から、桃をふたつに割ったような形の胴を持つ楽器を取り出した。長い棹の部分は、大柄な王様でも握り込めない幅広な作りだ。金属製の複弦が織りなす煌びやかな音が、魔法の夜空に広がる。
地面がある足元は砂地だが、所々夜空と月が透けている。真ん中に広げた鮮やかな絨毯と山盛りのご馳走様は、精霊大陸からきた3人と、幻影半島のふたり、そして遠い東国のひとりの眼を楽しませた。
「王様、上手だねぇ」
ご馳走を堪能し、ゆったりと響く古代の調べに、一同は身を浸す。楽器を嗜む人は一行のうちにおらず、ケニスはしきりに感心した。ここに来た時には険しかったカーラの顔も、すっかり穏やかに凪いでいる。シャキアやハッサンは幻影砂漠に生まれた身だが、やはり大昔の音楽は初めて聞く。物珍しさに聞き入っていた。
「弾いてみるか?」
「いいのっ?」
「よいぞ。重いから、気をつけるのだぞ」
宮殿の王はケニスを手招きする。喜んで駆け寄ったケニスを座らせると、大きな楽器を渡した。
「音を出してみよ」
ケニスはそっと弦を撫でる。華やかな音が暴風に巻き込まれて、物悲しい音を水晶の花園へと運ぶ。水晶の花びら同士がぶつかる音も混ざって、さながら音の牢獄に囚われたようだ。
「ケニー、そこまでにしとくほうがいいわよ」
カーラが近づいて片手を引いた。邪悪な気配がないとは言え、王様も楽器もあの世の存在である。魅せられてしまえば、精霊の血を引くケニスとて幽霊の世界に引き込まれてしまう。
急に腕を引かれて、ケニスは楽器を落としそうになった。カーラを見上げてニコリと笑顔で応えると、あわてて王様に楽器を差し出したのだった。
「ありがとう、王様」
「ご馳走様、王様。そろそろ寝る場所探すか」
ケニスを初めとして一行は心からのお礼を言った。始終穏やかだった王様は、満足そうに水龍の髭をしごいてやると、微笑みながら消えていった。後にはまだ、凄まじい風が渦巻くままに残っていた。
一面に揺れる水晶の花と月光の水紋に宝石の蝶が舞遊ぶ部屋を、皆は名残惜しそうに立ち去った。ここは眠るには少々うるさかった。そして、うっかりすると死者の国へと誘われてしまう危うさも感じられたのだ。
灰色と青の静かなモザイクで覆われる部屋に入ると、再び月光の青白い波が寄せてきた。見る間に分厚い絨毯と柔らかそうなクッションや、軽くて暖かな上掛け布が、どこからともなく現れた。
囁き声であれこれと取り止めもなく話していた一同だったが、気づけばみな横になって寝息を立てていた。精霊たちは姿を消して、辺りは静寂に包まれた。
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