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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
第四章 イーリスの子供たち
164/311

164 宮殿の王と夜宴を楽しむ

 風は吹き荒れて、一向に止む気配がない。背後では水晶がぶつかり合う音が響き続けている。何もないように見えた空間では、いつの間にか花びらや砂が風に巻き上げられている。


「王様の幽霊が出るってこと?」


 シャキアが声をひそめる。


「そうらしいな」


 オルデンがシヤキアと子供たちをまとめて掻き寄せる。


「幽霊か。それでサダやヴォーラが騒いでんだな」


 ハッサンが納得したように頷いた。


「みんな、死の世界に引き込まれねぇようにな」

「大丈夫よ。そんなヘマしないわ」


 カーラがツンと顎を反らして断言する。



「いてて」


 バンサイが頬に触れると、手のひらに赤いものがついた。何かが肌を切ったのだ。



「貝殻か?」


 水晶の花畑に落ちた硬いもののカケラを拾って、オルデンは月光にかざす。


「幻影貝の欠片みたい」

「幻影貝食べたくなっちゃうね!」


 シャキアが目を細めてよく見ると、バンサイの頬を切った欠片は、オアシスで取れる美味しい貝の貝殻に似ていたのだ。逆さまの宮殿は、海からはかなり離れた砂漠の真ん中にある。


 このオアシスでは、ここにしかない幻影貝という淡水の二枚貝が採れるのだ。幻影半島でとれる幻影と名のつくものは、どれも一定の条件下では見えなくなる。この貝は湖の浅瀬にたくさんいるので、網を投げ込めば見えなくても採れる。重さで分かるので、見えなくてもさほど困らない。


 幻影貝はたくさんいる。煮ても焼いても、スープの出汁にしても美味しい。庶民の味方で、オルデンたちも遺跡に住み着いてからはよく食べている。ケニスはその貝が大好きだった。



「ねえ、幻影貝みたいな匂いしない?」

「カーラの言う通りだ!」


 幻影貝は火を通すと、独特の良い香りがする。油を使っていないのに、揚げたナッツのような香りが立つ。


「果物や肉の匂いもするぜ」


 ハッサンがキョロキョロと見回した。止まない風の中に眼を凝らせば、強風の中で捲れることなく敷かれた絨毯が見える。赤を基調とした大きな龍の模様が織り出されている。絨毯の上には繊細な縁飾りがついた銀色の盆や、複雑なカットが大胆な色ガラスの大鉢が並ぶ。


「砂漠山羊に、砂牛の乳に、甘い実に、ブドウに、オアシス(うお)に、花雉(はなきじ)まであるわ」


 どれもオアシスの町ではお祝いの時だけに食べるものだ。その中で、幻影貝だけが庶民の日常食だ。



「好きなだけ食すがよい」


 一同は、人の良さそうな柔らかい声に顔をあげる。


「宮殿のアキーム王様?」


 ケニスが恐る恐る尋ねる。


「おお、勇敢な子よ、精霊の血が流れておるのか」

「わかるの?」

「分かるぞ」


 金と黒との縞々が頭に巻かれて斜めに見える、煌びやかな布を被った壮年の男性が竜巻の中に姿を見せた。恰幅のよい身体を赤、青、緑の華やかな織り柄が飾る。顎髭は黒く、赤銅色の肌に星のように煌めく青褐(あおかち)の瞳がよく映える。


「アキームも智慧の子だからな!」


 砂のトカゲは得意そうに言った。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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