164 宮殿の王と夜宴を楽しむ
風は吹き荒れて、一向に止む気配がない。背後では水晶がぶつかり合う音が響き続けている。何もないように見えた空間では、いつの間にか花びらや砂が風に巻き上げられている。
「王様の幽霊が出るってこと?」
シャキアが声をひそめる。
「そうらしいな」
オルデンがシヤキアと子供たちをまとめて掻き寄せる。
「幽霊か。それでサダやヴォーラが騒いでんだな」
ハッサンが納得したように頷いた。
「みんな、死の世界に引き込まれねぇようにな」
「大丈夫よ。そんなヘマしないわ」
カーラがツンと顎を反らして断言する。
「いてて」
バンサイが頬に触れると、手のひらに赤いものがついた。何かが肌を切ったのだ。
「貝殻か?」
水晶の花畑に落ちた硬いもののカケラを拾って、オルデンは月光にかざす。
「幻影貝の欠片みたい」
「幻影貝食べたくなっちゃうね!」
シャキアが目を細めてよく見ると、バンサイの頬を切った欠片は、オアシスで取れる美味しい貝の貝殻に似ていたのだ。逆さまの宮殿は、海からはかなり離れた砂漠の真ん中にある。
このオアシスでは、ここにしかない幻影貝という淡水の二枚貝が採れるのだ。幻影半島でとれる幻影と名のつくものは、どれも一定の条件下では見えなくなる。この貝は湖の浅瀬にたくさんいるので、網を投げ込めば見えなくても採れる。重さで分かるので、見えなくてもさほど困らない。
幻影貝はたくさんいる。煮ても焼いても、スープの出汁にしても美味しい。庶民の味方で、オルデンたちも遺跡に住み着いてからはよく食べている。ケニスはその貝が大好きだった。
「ねえ、幻影貝みたいな匂いしない?」
「カーラの言う通りだ!」
幻影貝は火を通すと、独特の良い香りがする。油を使っていないのに、揚げたナッツのような香りが立つ。
「果物や肉の匂いもするぜ」
ハッサンがキョロキョロと見回した。止まない風の中に眼を凝らせば、強風の中で捲れることなく敷かれた絨毯が見える。赤を基調とした大きな龍の模様が織り出されている。絨毯の上には繊細な縁飾りがついた銀色の盆や、複雑なカットが大胆な色ガラスの大鉢が並ぶ。
「砂漠山羊に、砂牛の乳に、甘い実に、ブドウに、オアシス魚に、花雉まであるわ」
どれもオアシスの町ではお祝いの時だけに食べるものだ。その中で、幻影貝だけが庶民の日常食だ。
「好きなだけ食すがよい」
一同は、人の良さそうな柔らかい声に顔をあげる。
「宮殿のアキーム王様?」
ケニスが恐る恐る尋ねる。
「おお、勇敢な子よ、精霊の血が流れておるのか」
「わかるの?」
「分かるぞ」
金と黒との縞々が頭に巻かれて斜めに見える、煌びやかな布を被った壮年の男性が竜巻の中に姿を見せた。恰幅のよい身体を赤、青、緑の華やかな織り柄が飾る。顎髭は黒く、赤銅色の肌に星のように煌めく青褐の瞳がよく映える。
「アキームも智慧の子だからな!」
砂のトカゲは得意そうに言った。
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