161 宝石の花が咲く部屋
カーラは引輪を両手で握り、観音開きの扉を手前に引く。扉の動きに従って、黄金と宝石とがチカチカと月光を跳ね返す。人が通れる隙間ができると、部屋の中には青白い光の波が立つ。
「花園かしら」
シャキアがオルデンに囁いた。
「普通の花じゃねぇな」
オルデンは慎重にとびらの向こう側を観察する。精霊たちも集まってきた。
「入っていい?」
ケニスはオルデンに聞いた。
「ああ。入ってみよう」
オルデンが頷くと、扉を開いたカーラを先頭にして部屋の中へと足を踏み入れた。
「まあ」
シャキアが息を呑む。バンサイも絵を描く人なので、美しい情景に思わず足を速めた。今日は逆さまの宮殿に泊まると決まった時から、一切の画材を背負い箱に詰め込んでいた。
月の光に青褪めた花園は、厚みのある透明な花びらを集めていた。水晶の花は夜風に揺れて微かな音を立てている。細い茎はしなやかに伸びるが、それもやはり宝石で出来ているようだ。月の波間に遊ぶ蝶もまた、赤や黄色の煌めく石の翅を持っている。
「香りはないのね」
皆が恍惚として見入る中、カーラは頬を膨らませた。水晶の花園に腰を下ろし、夢中になって筆を動かしていたバンサイが顔を上げた。
「香り?そういえば」
「お花といえば香りでしょ」
「カーラが不安だったのは、そのせいか?」
「そうじゃないと思うわ、オルデン」
カーラは扉を開く前、何かを感じていた。今も顔は晴れない。
「ねえ、どこに座る?ご飯にしようぜ」
ケニスは励ますようにカーラの手をぎゅっと握ると、皆に話しかけた。話題が変わってほっとした皆は、部屋の中を改めて見回す。
天井は大きなドームになっているが、窓はない。色彩豊かなモザイクだ。部屋に広がる水晶の花園と蝶たちの姿がそのまま写された丸天井である。
壁は白く平らで何もない。月光の漣が動く模様をつけている。壁にも窓はない。扉もない。出入り口は皆が入ってきた両開きの細長い金扉だけ。
「大広間なのに柱もないわ」
カーラは不満から不安へとその表情を変えてゆく。
「大丈夫だよ、カーラ。邪悪な気配はしないよ」
「ええ、ケニー。そうなんだけど」
食事を広げて座るような場所は見つからない。
「ねえ、他の場所で食べる?」
シャキアがオルデンに肩を寄せて、そっと聞いた。
「カーラが不安なら、何かあるかもしれねぇな」
オルデンは部屋の入り口で足を止めている。ハッサンは果敢に進んで、水晶の花を分けて部屋の中央付近まで進んでいた。
「ぶつかればいてぇな」
花びらはまるく刺さることはないのだが、宝石なのでやはり硬さがある。花どうしぶつかればしゃらしゃらと幻想的な音がするほどだ。
「茎は柔らかい」
ぼそりと言ったのはバンサイだ。扉の前にある僅かなスペースに箱を置いて座り込んでいる。絵を描くために、手を伸ばして花を触ったり顔を近づけたりしていた。
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