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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
第一章 国境の森
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16 精霊が濁るということ

 ケニスの心には、憎しみが生まれかけていた。オルデンと精霊に可愛がられて育ったケニスである。皆で仲良く幸せに暮らしてきたのだ。初めて出会う攻撃的な存在に、ケニスは言い知れぬ不快感を覚えた。


「精霊は怒りや憎しみに呑まれちまうと、周りを壊して自分は消えちまうって、知ってるよな?」


 カーラはまた沈黙した。


「生まれた時にデロンに習ったろ?」


 ケニスはぎゅうっとオルデンにしがみつく。


「ケニーん中にある精霊の部分が濁っちまったら、ケニーは死ぬんだぞ」


 カーラの焔が小さくなる。


「ケニーの力なら、ここら一帯は燃やし尽くされるだろうぜ。川は干上がり、森の木は消し炭だ」


 カーラは、ますます焔を縮めてパチパチと細かい火の粉を零す。


「カーラは、虹色の瞳の子供達に仇成す者なのか?」


 カーラの焔は消えそうだ。


「違うだろ?デロンは、ノルデネリエの王族の為に契約をしたんだろ?」



 ケニスは黙って唇を引き結んでいる。辺りの水は赤黒く変色し始めた。扉の外ではカワナミがはらはらしながら様子を伺っている。


「契約違反をしたら、どうなるか知ってるか?」


 オルデンは静かな声で続けた。


「違反が起きたらな、道具が壊れて契約精霊は消える。つまり力を分けていた本体(おや)はその分けたぶんの力を失うんだ」


 カワナミが恐ろしそうに身震いをする。その震えが波となってオルデン達にも伝わってきた。


「知ってるか?精霊が力の一部を失くすってことはな?弱くなるのとは違うんだぜ」


 カーラの焔は弱々しく瞬く。


「そうなっちまうとな?力の流れがおかしくなっちまうのさ。何が起こるか解んねぇ」


 ケニスはますますオルデンにしがみつく。そして、強張った顔をオルデンの胸元に押しつけた。


「まあ、本体も周りにある物や他の生き物達も、無事じゃあ済まねぇわな」



「ケニー、ごめんなさい」


 蚊のなくような声がした。


「あたしが悪かったわ」


 ケニスはオルデンの胸に顔を埋めたままじっとしている。


「どうしたら許してくれる?」


 ケニスは更に強くオルデンにしがみつく。カワナミがそっと扉の中に入ってきた。


 静かな暗い水の中で、ふたりの人間が吐く息だけがブクブクと音を立てている。


 やがて、ケニスが顔を少しだけオルデンの胸から離した。



「デンに謝れよ」


 頭も髭も綺麗に剃ったガッチリした男の胸から、くぐもった子供の声がする。


「謝れ」


 もう一度きつく言うと、ケニスはまた口を閉ざした。


 カーラは突然理解した。それが「虹色の瞳の子供達が幸せになるほう」なのだと。


「ごめんなさい、オルデン」

「えっ?」


 オルデンは驚いて飛び退(すさ)る。カーラが少女の姿になって、ランタンから飛び出してきたのだ。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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