157 オルデンとシャキア
普通の人間にはそこに廃墟があることも知らせない、都市の精霊も多い。古代精霊文化の遺跡は廃墟となった今でも、人間の目から隠された場合、普通は触れることができない。精霊の力で見えないだけではなく、壁も柱も普通の人間ならすり抜けてしまうのだ。
「精霊王朝のことは、わたしには分からないけど」
古代精霊文化の遺跡に住むシャキアではあるが、ノルデネリエの因縁については分からない。4年の年月を共に過ごす間に、ぽつりぽつりと精霊たちから聞いただけである。
「そこはカーラに任しときゃいいさ」
「契約精霊って不思議よね」
「カーラは特にな」
カーラはノルデネリエを幸せへと導くために生まれた。ケニスもカーラも精霊の血を受けただけではなく、血塗られた宿命を持って生まれた。そんなふたりの思春期を見守る巡り合わせとなったオルデンとシャキアは、自然に心を通わせた。
ふたりはいま、カーラを生んだ職人デロンと縁の深い花園にいる。水面から差し込む夕陽を浴びて穏やかに肩を寄せ合っている。この逆さまの宮殿にいると、足元の地面から夕陽が射してくる。それと同時に、オアシスの水が揺らいで跳ね返す光が、四方からも茜色の雨となって降り注ぐ。
「シャキア、夕陽を浴びてると炎の精霊みてぇだなぁ」
オルデンがじっと温かな視線でシャキアの心を包み込む。シャキアは嬉しそうに目元を染めた。夕陽に紛れて分からないほど静かなときめきを、めざといオルデンは逃さなかった。
「綺麗だぜ」
「まあ、ありがとうございます」
悪びれもせずに言う男の剃り上げた頭も、炎の精霊のように赤く燃えたっていた。
シャキアにはその様子が、勇ましく頼もしい火焔の戦士に見えていた。
「デンは精霊の血を継ぐケニーを、人間らしく育てて凄いわ」
「一緒に暮らして来たってだけだぜ」
オルデンはなんでもなさそうに答えた。シャキアはオルデンの紫色の瞳を真っ直ぐに射る。
「デンだって精霊に近いのに、ちゃんと人間でいる」
「そりゃあ、人間だからな」
オルデンは変な顔をした。シャキアはなおも誉めてくる。
「精霊王朝の連中を根絶やしにしようとはしないじゃない?」
「う、まあなぁ。俺は泥棒稼業だけどよ、そういうのは、ちょっとなぁ。苦手なんだよ」
「人違いで自分を殺そうとしてる人たちの子供を大切に育ててるなんて、誰にでも出来ることじゃないと思うわよ」
炎を相手に鉄を鋳るカンテラ職人のシャキアである。夕陽の中でキリリと投げる眼差しは、戦女神さながらに燃えている。オルデンは思わず肩に手を回し、熱い瞳を受け止めきれず眼を落とす。そして火傷の跡のある職人の指先を、静かな笑みで見つめた。
花園はむせかえるような花の香りに満ち溢れ、葉蔭から精霊たちが2人の様子を眺めていた。
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