153 智慧の子とオアシスの恵み
その日の午後、一向はオアシスの外れにある逆さまの宮殿を訪れた。魔法で空気を纏わせれば、食べ物も問題なく持ち込める。そこで、オアシス名物の甘い大きな揚げ菓子と飲み物を木箱に入れて運んでいった。
天高く真っ直ぐに伸びるオアシスの木には、紫色のもじゃもじゃで覆われた実がなる。その実は石のように硬い。大きさは子供の頭ほどである。
この実の中には、金色に輝く水が入っている。飲み口は甘いのだが、後に残らず爽やかだ。普通の方法では割れないため、魔法使いを召し抱える王族や豪商だけに飲むことができた。
オルデンたちには魔法があるので、難なく割ることができる。
「おい、勝手に取っていいのか?」
「気にすんな、ハッサン」
オルデンは、もとより泥棒である。
「どうせ年にいくつか飲んだ後は、傷んで落ちるだけさ」
「それだって、偉い人たちのもんだろ?」
ハッサンが蒼くなる。
「そうだよ、バレたら殺されるんじゃ」
バンサイも止めた。
「なに、気づかねぇよ」
オルデンは魔法と精霊の助けで、ひとつくらい実をちょろまかしても発覚しないのだ。
「呆れちゃうわね。ここの木には、みんな持ち主がいるのよ」
シャキアは厳しく指摘する。シャキアに怒られて、オルデンは気まずそうに口をつぐんだ。
「良いんだよ」
オアシスから、逆さまの宮殿に住む青緑色の水龍が顔を出して言った。
「人間が自分のだって言い張っても、本当はオアシスの恵みは、全部ワシが育んでいるんだからな」
「そうだよ!精霊や龍が智慧の子に渡す物を横から取るなんて、そっちの方がよっぽどダメなんだよー!」
カワナミもオアシスの水中から飛び出して来た。相変わらず大笑いである。カワナミの姿は、幼児のまま変わらない。精霊の中には見た目が成長するものもいれば、カワナミのように同じ姿で暮らす者もいる。
どちらも人間や他の生き物たちの成長とは違う。成長しているように見せているだけなのだ。カワナミは子供の姿を気に入っているので、ずっとそのままである。しばしば形を崩して水そのものへと姿を変えもするが。
「ワシやオアシスの鳥が去れば、この地は枯れ果て砂漠に覆われるであろうよ」
青緑色の龍は細長い髭を震わせて、得意そうに言った。
「デンは凄い人なのね」
シャキアはオルデンと精霊の近さに改めて驚いた。
「気安くしたらいけないわねぇ」
暗い声を出すシャキアを見て、オルデンは眉間に皺を寄せた。
「そんなことないっ!」
オルデンより先にケニスが声を張り上げた。
「デンと仲良くしてよ!」
「ケニー」
「あら、ふふ」
オルデンとシャキアが目を見張る。それから2人とも優しくケニスの頭を撫でて、親しく目線を交わすのだった。
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