152 魔法を使えない理由
「マーレニカへ行って帰って1年の予定だったのになあ」
「巻き込んじまって悪かったよ」
ケニスは申し訳なさそうに言った。
「なに、引き受けたことだしよ。精霊剣を教えられる奴は、そうそういねぇしな」
「ハッサンに会えて本当に助かった」
「言うなって。照れるぜ」
ハッサンはわざと水を大きく跳ねさせて、暗い金色の髪の毛を洗う。浅黒い顔を縁取る長めの髪を、曲刀をふるって節や傷のついた武骨な手が荒々しく梳いてゆく。砂漠の太陽は水滴に反射して、ハッサンの青い目と健康な爪をかざっていた。
「でもなぁ、オアシスに来て、3年半も経っちまったぜ」
ハッサンは顔を曇らせる。
「パリサ、待っててくれねぇかもなぁ」
「風の精霊たちに様子は聞いてんだろ?」
ケニスは少年らしく細い身体を無造作に洗っている。護衛職のハッサンと並ぶとまだまだ貧相だが、剣で鍛えた健康な筋肉は確かについていた。
「そうは言ってもよ」
ハッサンは体の水分を布で拭きながら言う。
「沖風の鳥公も、砂漠の夜風も、気が向いたら来る奴らだからなぁ」
ケニスは魔法で全身を乾かすと素早く服を着た。
「ハッサン、なんで魔法を使わないの?風が得意なら、声だって届けられるんじゃねぇの?」
ハッサンは何故か、身体を乾かすのにも魔法を使わないのだ。
「疲れちまうんだよ。最初は面白かったんだけどな」
ハッサンは3年前にオルデンたちから魔法を教わった。だが、それまで自然に身につけることがなかった。飛び抜けた才能はないのだ。オルデンやケニスは、際限なく魔法が使える。だが、ハッサンは魔法を使いすぎると疲れてしまうのであった。
「アルムヒートの町は、こっから遠いんだぜ」
「魔法だから距離なんか関係ねぇよね?」
「ケニーは魔法で疲れたことねぇだろ」
「うん、そうだけど」
「遠いとそんだけたくさん魔法をつかうんだよ」
「へえ?」
ケニスは呑み込めない顔をした。
「使うの!ケニーは気付いてないだけ」
ケニスが不服そうに眉を寄せる。ハッサンは青い垂れ目を少し吊り上げた。
「ケニーやオルデンの力だと関係ねぇけどよ」
ハッサンは服を身に付け白い布を巻きつけた。ケニスも身支度を済ませる。
「俺程度の実力だと、ちょっと話しただけで気絶しちまうからな」
「気絶したの?」
「したよ。次に話しかけた時、気絶するからやめろってパリサに怒られた」
「気絶したんじゃ、そりゃそう言われるね」
「だろ」
デロンが遺した壊れた鍵は相変わらずで、どこに置いてもいつのまにかバンサイの懐へと戻っている。しかし、デロンの地下工房に扉が再び開くことはなかった。やはり、壊れた道具に過ぎないのである。
「バンの持ってる鍵が使えりゃなぁ」
バンサイが鍵を見つけたほうの遺跡は、アルムヒートの町から一晩歩けば到着する距離にあったのだ。オアシスはその遺跡からさえ、だいぶ遠い。
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