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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
第四章 イーリスの子供たち
152/311

152 魔法を使えない理由

 「マーレニカへ行って帰って1年の予定だったのになあ」

「巻き込んじまって悪かったよ」


 ケニスは申し訳なさそうに言った。


「なに、引き受けたことだしよ。精霊剣を教えられる奴は、そうそういねぇしな」

「ハッサンに会えて本当に助かった」

「言うなって。照れるぜ」


 ハッサンはわざと水を大きく跳ねさせて、暗い金色の髪の毛を洗う。浅黒い顔を縁取る長めの髪を、曲刀をふるって節や傷のついた武骨な手が荒々しく梳いてゆく。砂漠の太陽は水滴に反射して、ハッサンの青い目と健康な爪をかざっていた。


「でもなぁ、オアシスに来て、3年半も経っちまったぜ」


 ハッサンは顔を曇らせる。


「パリサ、待っててくれねぇかもなぁ」

「風の精霊たちに様子は聞いてんだろ?」


 ケニスは少年らしく細い身体を無造作に洗っている。護衛職のハッサンと並ぶとまだまだ貧相だが、剣で鍛えた健康な筋肉は確かについていた。


「そうは言ってもよ」


 ハッサンは体の水分を布で拭きながら言う。


「沖風の鳥公も、砂漠の夜風も、気が向いたら来る奴らだからなぁ」



 ケニスは魔法で全身を乾かすと素早く服を着た。


「ハッサン、なんで魔法を使わないの?風が得意なら、声だって届けられるんじゃねぇの?」


 ハッサンは何故か、身体を乾かすのにも魔法を使わないのだ。


「疲れちまうんだよ。最初は面白かったんだけどな」


 ハッサンは3年前にオルデンたちから魔法を教わった。だが、それまで自然に身につけることがなかった。飛び抜けた才能はないのだ。オルデンやケニスは、際限なく魔法が使える。だが、ハッサンは魔法を使いすぎると疲れてしまうのであった。



「アルムヒートの町は、こっから遠いんだぜ」

「魔法だから距離なんか関係ねぇよね?」

「ケニーは魔法で疲れたことねぇだろ」

「うん、そうだけど」

「遠いとそんだけたくさん魔法をつかうんだよ」

「へえ?」


 ケニスは呑み込めない顔をした。


「使うの!ケニーは気付いてないだけ」


 ケニスが不服そうに眉を寄せる。ハッサンは青い垂れ目を少し吊り上げた。


「ケニーやオルデンの力だと関係ねぇけどよ」


 ハッサンは服を身に付け白い布を巻きつけた。ケニスも身支度を済ませる。


「俺程度の実力だと、ちょっと話しただけで気絶しちまうからな」

「気絶したの?」

「したよ。次に話しかけた時、気絶するからやめろってパリサに怒られた」

「気絶したんじゃ、そりゃそう言われるね」

「だろ」



 デロンが遺した壊れた鍵は相変わらずで、どこに置いてもいつのまにかバンサイの懐へと戻っている。しかし、デロンの地下工房に扉が再び開くことはなかった。やはり、壊れた道具に過ぎないのである。


「バンの持ってる鍵が使えりゃなぁ」


 バンサイが鍵を見つけたほうの遺跡は、アルムヒートの町から一晩歩けば到着する距離にあったのだ。オアシスはその遺跡からさえ、だいぶ遠い。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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