150 鏡の樹
「鏡ってこれ?」
ケニスは楕円形の鏡を指差す。
「そうよ」
「森が映ってるけど。デンやカワナミがいる」
大きな鏡を大人たちも覗き込む。そこに一同の姿は映らなかった。
「パリサだ」
ハッサンの目尻が下がりきる。
「師匠」
バンサイが呟く。
「みんなで遺跡の昔を観せて貰った時の様子が見えます」
「俺もシャキアと一緒だ」
照れ臭そうにオルデンが言う。
水龍が青緑色の鱗を鳴らしながら地下に入って来た。
「それはな、想い出を映す鏡だ」
「なるほどなあ」
オルデンが納得した。
「ケニーと会った時の様子だわ」
「俺もッ」
子供たちの観ている場面は、同じ時に変わったようだ。ふたりは満面の笑みを交わした。他の皆も移り変わる場面をしばらく楽しんだ。
「さて、そろそろ帰るか。そろそろメシ時だろ」
「そうですね、オルデンさん。お腹空きましたね」
「デン、遺跡に戻るの?」
オルデンがケニスに答えようとして口を開きかけた。
「待って」
カーラが急に大きな声を出す。
「ねえ、何か大事な場面が映るわよ?」
カーラのランタンが光を強め、虹色の火影が鏡を照らした。ぼんやりと浮かび上がって来た人影は、ケニス本来の姿と同じ緑の巻き毛と虹色の瞳をしていた。
「素敵。大きくなったケニーかしら」
「俺にもそう見える」
ケニスにも同じ若者が見えてきた。
「ケニーに似てるな」
「確かにそうだな」
オルデンが言うと、ハッサンも同意した。
「似てる」
「そうですね」
バンサイとシャキアも頷く。
「変だな。これに未来は映らないんだが」
水龍が眉間に皺を寄せる。
「誰かの記憶をみんなで観られるのか?」
オルデンは、龍に向かって不思議そうに聞いた。
「んん?そんな筈は」
龍はケニスを見た。ケニスの腰では、ヴォーラが光っている。
「シルヴァイン?」
ケニスはヴォーラのイメージを受け取って、祖先の名前を口にする。
「あ、俺、似てるんだって。見た目が」
「あら、そうなの」
「ヴォーラの幸運の力で、無理やりみんなに見せてんのか」
オルデンが顔をしかめる。
「ケニー、幸運を吸われないようにしな」
「あ、そうだね。気をつける」
虹色の光が鏡面から黒い宝石で出来た樹の全体へと広がってゆく。若者の姿は消えて、光も次第に弱まった。
「あら?ケニー、見て」
虹色が消えると、枝の間に円く反射する白い光が現れた。ヴォーラから放たれた光を、何かが跳ね返しているようだ。
「小さな鏡だ」
そう言ってケニスが近づくと、龍は爪の先で鏡を枝の間から外した。
「ほれ、持っていけ」
「いいの?」
「鏡の樹がケニーの為に生んだんだ」
「すげぇ」
「ふうん、別に貰っても貰わなくても良さそうよ」
カーラがランタンを軽く振る。虹色の光は、もうすっかり収まっていた。
「カーラ、失礼だよ?」
「あら、ごめんなさい」
ケニスが注意すると、カーラは素直に謝った。
「ありがとう」
ケニスは鏡の樹と水龍にお礼を言うと、大人の手のひら程しかない小さな円い鏡を受け取った。
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