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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
第三章 幻影半島
150/311

150 鏡の樹

「鏡ってこれ?」


 ケニスは楕円形の鏡を指差す。


「そうよ」

「森が映ってるけど。デンやカワナミがいる」


 大きな鏡を大人たちも覗き込む。そこに一同の姿は映らなかった。


「パリサだ」


 ハッサンの目尻が下がりきる。


「師匠」


 バンサイが呟く。


「みんなで遺跡の昔を観せて貰った時の様子が見えます」

「俺もシャキアと一緒だ」


 照れ臭そうにオルデンが言う。



 水龍が青緑色の鱗を鳴らしながら地下に入って来た。


「それはな、想い出を映す鏡だ」

「なるほどなあ」


 オルデンが納得した。


「ケニーと会った時の様子だわ」

「俺もッ」


 子供たちの観ている場面は、同じ時に変わったようだ。ふたりは満面の笑みを交わした。他の皆も移り変わる場面をしばらく楽しんだ。


「さて、そろそろ帰るか。そろそろメシ時だろ」

「そうですね、オルデンさん。お腹空きましたね」

「デン、遺跡に戻るの?」


 オルデンがケニスに答えようとして口を開きかけた。



「待って」


 カーラが急に大きな声を出す。


「ねえ、何か大事な場面が映るわよ?」


 カーラのランタンが光を強め、虹色の火影が鏡を照らした。ぼんやりと浮かび上がって来た人影は、ケニス本来の姿と同じ緑の巻き毛と虹色の瞳をしていた。


「素敵。大きくなったケニーかしら」

「俺にもそう見える」


 ケニスにも同じ若者が見えてきた。


「ケニーに似てるな」

「確かにそうだな」


 オルデンが言うと、ハッサンも同意した。


「似てる」

「そうですね」


 バンサイとシャキアも頷く。



「変だな。これに未来は映らないんだが」


 水龍が眉間に皺を寄せる。


「誰かの記憶をみんなで観られるのか?」


 オルデンは、龍に向かって不思議そうに聞いた。


「んん?そんな筈は」


 龍はケニスを見た。ケニスの腰では、ヴォーラが光っている。


「シルヴァイン?」


 ケニスはヴォーラのイメージを受け取って、祖先の名前を口にする。


「あ、俺、似てるんだって。見た目が」

「あら、そうなの」

「ヴォーラの幸運の力で、無理やりみんなに見せてんのか」


 オルデンが顔をしかめる。


「ケニー、幸運を吸われないようにしな」

「あ、そうだね。気をつける」


 虹色の光が鏡面から黒い宝石で出来た樹の全体へと広がってゆく。若者の姿は消えて、光も次第に弱まった。




「あら?ケニー、見て」


 虹色が消えると、枝の間に円く反射する白い光が現れた。ヴォーラから放たれた光を、何かが跳ね返しているようだ。


「小さな鏡だ」


 そう言ってケニスが近づくと、龍は爪の先で鏡を枝の間から外した。


「ほれ、持っていけ」

「いいの?」

「鏡の樹がケニーの為に生んだんだ」

「すげぇ」

「ふうん、別に貰っても貰わなくても良さそうよ」


 カーラがランタンを軽く振る。虹色の光は、もうすっかり収まっていた。


「カーラ、失礼だよ?」

「あら、ごめんなさい」


 ケニスが注意すると、カーラは素直に謝った。


「ありがとう」


 ケニスは鏡の樹と水龍にお礼を言うと、大人の手のひら程しかない小さな円い鏡を受け取った。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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