143 青白モザイクの扉の前で
何事もなかったかのように、水でできた鳥の姿でオアシスの精霊が近寄って来た。
「扉を開けてくれんのか?」
オルデンが穏やかに訊ねる。カーラは不服そうに睨む。シャキアは不安そうに成り行きを見守っている。バンサイは一旦手を止めて様子を伺う。ケニスとハッサンは刃を鞘に納めた。扉の前に立った時、中庭の植物は攻撃をやめたのである。
「中庭を抜けたのだから、資格は充分にある」
「試したんだな?」
ケニスがオアシスの精霊をギロリと睨め付ける。
「そういうわけじゃない」
「じゃあどういう訳だよ」
「試そうとしたんじゃないが、この庭を抜けられるのは宝の持ち主だけだったからな」
「持ち主」
ケニスが険しい顔をする。
「この宮殿に住んでいるの?」
ケニスの問いには、オアシスの精霊がすぐに答えた。
「今はいない」
「出かけてるのかしら?」
「いや、それも違う」
「居なくなっちゃった?」
ケニスは慎重に質問を重ねた。オアシスの精霊は、透明な水の翼をゆらりと羽ばたかせて、静かに肯定した。
「そうだ。もう、ずっと昔に居なくなってしまった」
「どこ行っちゃったんだろう」
ケニスは目を細めて考える。オルデンはケニスの肩を包むように撫でると、地元民のほうを向いた。
「シャキア、この宮殿に伝説はあるのか?」
「特にありません。ここはただあって、ずっとあって、みんながそういうものだ、って思っています」
「バン、旅の途中でなんか聞いたか?」
「いや。以前このオアシスに来た時には、この辺りは通ってない」
バンサイは以前も砂漠を港町アルムヒートへと向かったことがあるようだ。その途中でこのオアシスに立ち寄った。隊商に同行させて貰ったのだ。隊商はオアシスの町アルマディーナに真っ直ぐ入った。そのためバンサイは、町外れの遺跡や逆さまの宮殿があることすら知らなかったようだ。
「水鳥、ここにはどんな奴が住んでたんだよ?」
オルデンは好奇心を見せる。オアシスの精霊は、ふと懐かしそうな様子を見せた。
「この宮殿の主、オアシスの王も智慧の子だった」
ケニスは嬉しくて思わず伸び上がる。
「その人もオルデンて言うの?」
「いや、智慧者と言うのだ」
「いいひとだった?」
「いい奴で、いい王だった」
「いい王?」
ケニスには分からなかった。自分も王族だとは知っている。国を率いる者が王と呼ばれることも教わった。しかし、どんな事をすれば良い王と思われるのかは判らない。ケニスは半年前までの10年間、精霊の森を出たことがなかった。国も、民の暮らしも、何一つ知らないのである。
「立派な宮殿に住んではいたが、人を苦しめる贅沢はしなかったのだ」
「アハハ、精霊のくせに徳の話をするなんて、水鳥、変なやつぅー!」
カワナミがすかさず茶化して馬鹿笑いを始めた。オアシスの精霊は、途端に気を悪くして消えてしまった。
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