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不在の王妃  作者: 黒森 冬炎
第三章 幻影半島
139/311

139 宝物殿

 扉の上部は玉葱帽子の断面のような形だ。金の濃淡に塗り分けられたモザイク模様が、真っ白な空間に浮き上がって見える。模様は菱形の連なりで、特に何かの姿を表すものではないようだ。


「この模様、何かの意味があるんですかい?」


 バンサイの国では、さまざまな物を単純化して魔除けや幸運の護符に使うのだそうだ。


「これは繁栄を表す模様です」


 シャキアが解説を始める。オアシスの模様にも、やはり意味があるようだ。


「繁殖力の高い植物の実を文様化したんですよ」

「へぇー、めでてぇ(がら)なんだな」

「そうなんです」



 オアシスの精霊が、透明な羽を羽ばたかせると、観音開きの小さな扉は音もなく開く。外側へと開かれるので、すぐ前にいたケニスとカーラは慌てて下がった。



「わあー」

「冬なのに花畑みたいだ」


 子供たちは喜んで顔を見合わせた。扉の向こうは中庭である。四角く広い空間には、色とりどりの花が咲き乱れていた。鮮やかな赤や青、黄色に紫、そして真っ白な大小の花。精霊の森に咲く花々と似たものもあれば、全く違うものもある。


「黒いお花があるわよ」

「かっこいい」


 カーラとケニスは、あるがままに受け入れて、どの花も好きだと思った。そんな2人を、オルデンは優しく見つめる。シャキアもにこにこと柔らかな眼差しで見守っている。オルデンとシャキアの視線が、ふと出会う。思わず照れ笑いを漏らし、どちらからともなく無意味に会釈をした。



 半透明な蝶も飛んでいる。この遺跡に棲む水の精霊たちである。上を見上げるとそこの見えない湖が青い。カーラのいた水底の遺跡は水で満たされていた。しかし、この宮殿には空気が満ちている。上を向けば逆さまなのだと解るが、感覚としては地上と全く変わらない。


 髪が逆立ったり服がめくれたりということもない。魔法を使えないバンサイでも悠々と歩き回ることが出来た。


「お花の中に建物があるのね」

「あれは宝物殿だ」


 オアシスの精霊が言った。オルデンの背丈ほどしかない円筒形の小さな建物は、青の濃淡と白で蔓草を表す連続模様で覆われている。花の香りが気分を和らげ、バンは筆を動かし始めた。


「ホーモツデン?」

「宝物が入っている建物のことですよ」

「お宝は観られるのか?」


 ハッサンが興味を示す。オアシスの精霊は尾羽でゆらりと扇ぐと、黙って宝物殿に向かう。一同は後についてゆく。



「危ないよー!アハ!」


 カワナミが上げるけたたましい笑い声と同時に、何かが皆の前を横切った。ここには空気しかないのだが、まるで水を分けて奔る矢のようだ。


「わあっ」

「冷てっ」


 子供も大人も驚いて跳びすさる。バンサイは咄嗟に紙を庇った。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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