138 回廊を抜けて
オアシスの精霊が透明な翼を畳んで、すっかり明けた朝の青空に浮かんでいる。精霊たちの例に漏れず、いつもの儀式が始まった。鳥の姿の精霊が首を伸ばし、長い嘴の先で皆の額をつついてゆく。
精霊を感じることもできないカツラギ・バンサイの額にも触れる。バンサイの額は、僅かながらに温かみのある茶色い光を帯びた。精霊に触れられて漏れる光は、その人が持つ力の性質を表す。バンサイに魔法の力はないが、絵を描くという特別な力を持つ人間である。絵描きとしての性質が、色となって現れたのだろう。
精霊の挨拶を受けて、一同は順番に名乗る。
「オルデンだ。よろしくな」
「あたし、カーラよ」
「ハッサンだ。こいつはバン」
ハッサンはバンに状況を説明した。
「精霊が見えなくても宮殿に入れるんですかい?」
バンは恐る恐る質問する。オアシスの精霊は肯定し、皆がそのことをバンに伝えた。
オアシスの精霊に導かれ、一行は水の下へと進む。間隔の広い列柱を通り抜け、幾重にも連なる平行した廊下を抜けてゆく。白から二色モザイクへ、多色使いから金銀へ、と多彩に表情を変える壁を過ぎる。
「今度は天井があるわ」
「天井にも模様があるよ」
子供たちは、思わず足を止める。オルデンはそっとふたりの背中を押すが、自らも眼を丸くして上を向いていた。
高い天井を見上げると、天蓋の近くにはぐるりと巡る回廊がある。回廊に並んだ細長い窓が、オアシスの水が見せる目に痛いほどの青を切り取っていた。
「豪華なもんだなあ」
「これみんな、カンテラになったら素敵でしょうね」
「ハハハ、シャキアは仕事熱心なんだな」
眼を輝かせるシャキアに、オルデンが優しげに笑う。シャキアは慌てて言い訳をした。
「ごめんなさい、ついカンテラに結びつけちゃうんです」
「アルマディーナの人は、飾りのあるカンテラや模様が出来る光があっても買ってくれるんですかねぇ?」
バンサイは心配そうに質問する。シャキアの仕事場に並んでいたシンプルなカンテラを思い出したのだ。
「お祝い用なら、食器にも色や華やかな模様があるんですよ」
「お祝い用ですかい」
バンサイが納得する。
「ええ。今までは、お祝い用でも灯りはシンプルでしたけど」
「こんな模様が光で描けるなら、祝いの席で喜ばれるだろうぜ」
「私もそう思うんです、オルデンさん」
和やかに談笑しながら円蓋のある大広間を横切ると、また廊下に出た。今度の廊下には窓がなく、高い天井はある。飾りや模様のない真っ白な通路だ。角を曲がると突き当たりに小さな扉があった。
「可愛い扉ね」
「大人は屈まないと通れないな」
子供にぴったりな大きさである。ケニスとカーラはオルデンたちが扉をくぐる姿を想像する。その場に大男はいないのだが、それでも背中を丸めることになりそうだ。ふたりは、面白そうに大人と扉を見比べた。
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