137 逆さまの宮殿へ
体の周りに温風を巡らせているので、一同は寒さを感じない。石の床は、砂漠の冬の朝に冷たさを湛えている。スープの器からは湯気が白くたち昇っていた。
シャキアは毛織の敷物を広げてくれた。オルデンは空気を暖めてクッションにする魔法を使う。皆も真似をした。魔法が使えないバンにはオルデンが空気の温座を作ってやる。
「本当に魔法は便利だなぁ」
「このひと、全然気づかないよねー。アハハハハ!」
「変なやつー!ハハハハハ!」
カワナミと枯草の精霊がちょっかいをかけても、バンサイは全く反応しない。
「バンはどうして精霊が見えないの?」
ケニスは不思議そうに聞く。
「どうして?いや、見えないもんは見えないよ」
バンサイも不思議そうに答える。
「ふうん」
「そういうひともいるのね」
子供たちは少し不服そうだ。
「そういう人間のほうが多いぜ」
「デロンの時代には見えない奴は少なかったな」
オルデンがスープを啜りながら言うと、砂のトカゲが昔のことを教えてくれた。
「姿を見せようとすれば、だいたいの人間は精霊を見ることが出来たもんだ」
「気づかないひとばっかりだと、つまんないよねぇー!」
いつのまにか精霊に気がつく人が減ってしまった。つまらないので、精霊たちも姿を現さなくなっていったのだ。
「済んだら水辺に下りましょう」
皆で汲み置きの水で食器をすすぐと、シャキアは先に立って斜面を進む。
「デン」
ケニスがオルデンの袖を引っ張る。
「町が近いね。魔法使っていいの?」
「大丈夫ですよ」
シャキアがにこりと笑って安心させる。オルデンは感謝の眼差しを投げてから、ケニスに返事をした。
「派手なことしなきゃ、いいんじゃねぇか」
オアシスの町は歩いて行かれる距離にある。魔法の気配に敏感な人がいたら気づかれてしまう。だが、シャキアが住む町外れの遺跡には、デロンの時代から炎が燃え続けている魔法の炉があるのだ。たとえ魔法の気配に気づかれても、余程の異変でもなければ怪しまれることはないだろう。
「わかった!」
「あったかくしとけよ」
オルデンはケニスとカーラの頭を軽く撫でる。
水辺まで来たが、人影は見えない。アルマディーナの人々もこんな外れまで水を汲みには来ないようだ。
「宮殿、ないねぇ、デン」
ケニスがオルデンを見上げてガッカリした声を出す。
「なんだ、逆さまの宮殿を見に来たのか?」
揶揄うような声とともに静かな朝の水面を割って、水で出来た鳥が飛び上がる。オアシスの精霊だ。
「おはよう!俺、ケニーっていうんだ」
ケニスは、ぱあっと顔を輝かせる。
「俺はオアシスの精霊だよ。宮殿に行きたいなら案内するぜ」
シャキアは、あまりにも呆気ない成り行きに拍子抜けして言葉を失った。
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