134 絵姿を残す
画面の中のオアシスの精霊が、水瓶に古代精霊文字を書いてみせる。水を意味する文字である。今度は声も聞こえた。
「こうやって水瓶に書いて頼んでくれたら、瓶を綺麗な水で満たしてやるよ」
「へぇー、そりゃ便利だねぇ」
デロンは早速細工に使う金属の棒で、水瓶の縁を引っ掻いた。教えられた文字が上手に刻まれると、オアシスの精霊は満足そうに水でできた羽を羽ばたかせた。
場面は変わって、デロンはオアシスの精霊に連れられて水辺まで降りる。オアシスの青い水面には、立派な宮殿が映っていた。
幻影半島の宮殿というものを初めて見るケニスとカーラは、城も知らないので異国情緒は感じない。だが、巨大な建造物には度肝を抜かれたようだ。
「これでひとつの建物かしら」
「大きいね」
アルムヒートの港町は、高台にマァ王国の王宮がある。だが、そこは砦のような造りをしていた。遠くから見ると四角い岩の塊だった。ケニスたちが近くまで登って行くことは、今のところなかった。
「ピカピカだ」
「丸くて可愛いわね」
立ち並ぶ尖塔は、玉ねぎのような形をした金色の帽子を被っている。中央の建物にも大きな玉ねぎが乗っている。全体は目にも鮮やかな青色だ。それが逆さまになって湖面に映っている。
「あれ?岸辺にはないね?」
「見て、逆さまになって入ってゆくわ」
水の中に映っている建物は、水の外に存在しなかった。オアシスの水中だけにある建物のようだ。デロンは精霊に導かれて水中へと身を沈める。
バンが閉じ込められていた遺跡の工房で、天井を覆う流砂を通った時と同じだ。デロンの足の裏が水面に触れた途端に、逆さまになって水中に立っていた。ただ、髪の毛は逆立たず、空と大地が逆になっているのだった。
「終わっちゃった?」
「続き観たいのに」
映像はそこまでで途切れた。宵闇に張る水の薄膜も崩れて空気に溶けてしまった。
「そのうちまたな」
時の精霊が飽きたようだ。シャキアはほうっと息を吐いた。夢中で観ていて、思わず息を詰めていたらしい。
「爺さん、ありがとな」
オルデンの感謝には、枯れ枝のようなガリガリシワシワな手を軽く振る。そして、すうっと消えていった。
「ほお、良く描けてんなぁ!」
ハッサンがバンサイの手元を覗き込む。黒一色の柔らかな線で、子供がふたり立っていた。表情はいきいきと好奇心に満ち、しっかりと繋がれた手はまるで血が通っているようだ。今にも内緒話を始めそうな口元は、子供らしくぷっくりと優しい。
うねりのある2人の髪は、穏やかな夜風に少しだけ膨らんでいる。ただ黒い線が流れているだけなのに、月光を宿して幻のように輝く様子さえ目に見えるようだった。
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